« オーラの泉・小朝 &さんま・SMAP 名言集&とくばん・水谷豊 | トップページ | 部落差別そこまで言って委員会 +追記:やしきたかじん死去に寄せて »

2008.12.26

クリスマスの約束2008・小田和正のご当地紀行。

伊丹十三記念館といえば小田さんだわ!と思いだしていただけた方、
宮本信子さんのあさイチはこちら(抜粋)
当時録画したものはデッキが壊れて見られなくなっちゃったウウウ

なぜ深夜枠なんだろう。

いい番組はいつも21時以降、特に23時過ぎからしか放送されにくいのは、最近の傾向なのか。

アンチ小田にはどうでもいいだろうが、朝から出勤する身にとっては23時30分からの2時間起きとけ!ってのは酷だ。

おかげで仮眠をとるはめになった。

やっぱり小田さんの声に癒されつつうとうとしてしまい、録画しといて正解だった。

今年の「クリスマスの約束2008」が、いちばん選曲が良かった。

自分はひとさまのうたをカバーする小田さんがあまり好きではない。

だから「真夏の果実」や「AUTOMATIC」を、なんとなくキツそうに歌っている姿はあの年限りにしてほしいと切に願っていた。

(→しかし「桜坂」はよかったと記憶している。わがままだな)

「こころ」で始まり、中盤以降は「もう歌は作れない」「眠れぬ夜」「やさしさにさようなら」「BETWEEN THE WORDS& THE HEART」・・・小田節全開じゃござんせんかおいおいおいsweat02

「もう歌は作れない」を今歌うのがツボなんだ。

「生まれ来る子供たちのために」を初めて聴いたのは12歳。

その時はあまり好きじゃなかったが、子供を産んだ後で改めて聴くと解釈が変わる。

いつかも書いたが、詞が「イムジン河」に似ている気がするのだ。

曲の合間に流れた「ご当地紀行」フィルムには大笑いしてしまった。

いつ「かしいかえん」「倉敷チボリ公園」「伊丹十三記念館」を訪ねたのだろう。

かしいかえんでは枯れたチューリップに「財津君もこんなふうにならないで」。

鹿児島の中央駅一番街や寂れた商店街をふらつき。

太宰府では赤ん坊に泣かれ。

京都で川遊びをしていた子供たちに声をかけて不審がられて逃げられ。

伊丹十三記念館では宮本信子さんが両手を振って見送ってくれてた。

番組中は流れなかったが、確か他局で鶴瓶と小田さんが散策した記憶があるのだが。違うかな。

小田ちゃんのしゃべりって、たけしやヨークベニマル毒蝮三太夫を意識しているのか、昭和16年生まれのご婦人を(→うちの母と同い年)ババア呼ばわりしたり、意外と口が悪い。

ライブの時MCのカンペを手にしゃべっている(→ように見える)のはなんとかならんかな。やっぱしMC苦手なんかなとか思うやん。

ニット帽で歌う小田和正は冬の風物詩。思わず100均でニット帽をまとめ買いしてしまった。今やニット帽の似合う有名人と言えば彼と中居くんぐらいのものか。いや他にもいそうだが思いつかない。

松たか子は竹内まりやにも小田ちゃんにもかわいがられているんだ。あの素直な優しい声はどちらの作品を歌ってもす~っと耳になじむ。

こうして2008年のクリスマスは静かに日付を替えて終わった。

話はがらりと変わるが。

クリスマスイブに亡くなる、或いは亡くなっていたことが分かった有名人として、自分のなかで逸見政孝を超えたのは飯島愛だった。

36歳にして死後数日たって発見されるという、独居老人のような最後を迎えるなんて誰が想像しただろう。

死因はハルシオン大量服用と書いていたスポーツ紙もあるが、はっきりするまでに3カ月はかかるらしい。なぜかとっさに思い出したのは積木くずしだった。10代でシンナーなどを乱用すると腎臓を病むという話を聞いたことがある。因果関係はよくつかめないが、死んじゃったという事実はもう変わらない。

« オーラの泉・小朝 &さんま・SMAP 名言集&とくばん・水谷豊 | トップページ | 部落差別そこまで言って委員会 +追記:やしきたかじん死去に寄せて »

オフコース、小田和正」カテゴリの記事

えとせとら

  • .net.amigoは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。
無料ブログはココログ