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2011.04.22

キャンディーズの覚書 田中好子

結婚の翌年に乳がんを発症したというから、19年間患っていたことになる。

十二指腸潰瘍を患って、2月下旬にラッシュ(←肝臓など多臓器に癌が転移)という状態に陥り、再入院していたとは。

たとえきちんと検診を受けていても、転移に気付くのが遅い場合もある。

今朝はスーちゃんが亡くなったニュースで起こされた。伊藤蘭がエイベックス所属なのも今日知った。

ザッピングして朝のワイドショーを見る限り、羽鳥さんの「モーニングバード」がいちばん時間を割いていたように思う。時の流れなのか、「ZIP」などはリアルタイムでキャンディーズを知らない世代がMCをやってては、長くコメントできないのも当たり前かもしれないが。やっぱ日テレはズームインがよかったなぁ。

「モーニングバード」はテレ朝。テレ朝と言えば、やはり我々「みごろ!たべごろ!笑いごろ」を見ていた世代なので

キャンディーズ ズンズンチャカ youtube

故人を偲ぶにしては誠に笑える映像で申し訳ないけど、70年代バラドルって、たくさんいたんだが、真っ先に思い出すのはキャンディーズだ。

今朝から解散コンサートや、デビュー曲「あなたに夢中」のさわりの部分が流れている。女優としてのスーちゃんは「黒い雨」「家なき子」「ちゅらさん」ぐらいっかわからない。案の定「みごろたべごろ笑いごろ」のVTRは流さなかったな。こんなときだから仕方がない。22日午前現在なので、もしかしたら、どっかで流すかもしれないなとちょっと期待してみる。

切り抜きとかあんまり残ってなかったので。「ヤングスタア36人の普段着拝見」という特集のもの。75年当時原宿にあった「ミッシェール」の服を着ています。スーちゃんは当時北千住に住んでいたとか。(→実家。釣具屋さん)

ところで、80年の復帰会見に欽ちゃんがそばにいたのはなぜかしら。もしかして、復帰第1作が欽どこだったのかな。んなこたぁない確か「虹子の冒険」(日テレ・夏目雅子主演)じゃなかったっけ違った?

補足:復帰にあたり、欽ちゃんの自宅へ行って相談したのだとか。

「欽どこ」の映像はちゃんと「モーニングバード」で流れた。弟さんが若くして骨肉腫で亡くなられたが、彼が「テレビに出てる姉ちゃんを観たい」と言ったのが復帰のきっかけ。

全キャン連はちょっと上の世代だけど、そうでなくても突然で驚いた。

いつまでも3人でいると ひとりで生きて行くのが怖くなる、と、キャンディーズ解散を決めたのだと。

追記(4月25日) ミキちゃんの弔辞「神様は、この世のお努めを終えた人を、あちらへ呼ぶようです。これは、神様からのプレゼントです。ありがとう、スーさん。愛してるよ」って弔辞、泣けた。ランちゃんも気丈だったし。「あなたが旅立つ時、寂しくないように、何度も名前を呼びながら、手を握りました」

3月29日に録音された肉声テープが流れてますが、東日本大震災で被災された方々へのメッセージのあとに「幸せな人生でした。特にランさん、ミキさん、ありがとう。もっともっと女優を続けたかった。もっとお礼の言葉をみなさんへ伝えたかった。かずさん(旦那さん)さようなら」・・・ミヤネ屋のOPが流れるまで30分かかったけど、最初から告別式の映像でしたね。

スーさんの肉声(全文)

こんにちは、田中好子です。

きょうは3月29日。東日本大震災から2週間が経ちました。
被災された皆さんのことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方のご冥福をお祈りするばかりです。

私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもその時は必ず、天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私の務めだと思っています。

きょうお集まりいただいている皆様にお礼を伝えたくて、このテープに託します。

映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでも、いつまでも皆さんに伝えたかったのですが、息苦しくなってきました。

いつの日か、義妹・夏目雅子のように支えてくださった皆様に社会に少しでも恩返しができるように復活したいと思っています。
一(かず)さん…よろしくね。
その日まで、さようなら。

追記(7月6日)27歳、48歳の頃出演した「徹子の部屋」

キャンディーズ時代の記憶がない、というか、知らないうちに始まり、知らないうちに終わっていたらしい。それはピンクレディーに「ザ・ベストテン」の記憶がないのと同じ。

金沢に来てるのに「仙台のみなさん」て言っちゃったことも。

「普通の女の子に戻りたい」は、とっさに出た言葉。

弟さんの話は48歳で出演の際に披露。

夏目雅子さんや弟さんを語る時には涙ぐむ場面も。

早いもので、スーちゃんが亡くなってから2ヶ月半が経ちます。

あの、葬儀最後のメッセージに対する気持ちも、当日とは随分違う気持ちになりました。

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コメント

トラックバック有難う御座いました。

自分の中では“良い意味で”、「バラドルの先駆者」というイメージがキャンディーズには在ります。ドリフターズや伊東四朗&小松政夫両氏とのコントは本当に面白かった。此方で紹介されている「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」も大好きな番組で、毎週見ていました。(加山雄三&荒井注両氏の「若大将とハゲ大将」や、伊東氏と秋野暢子さんの「暢子・四朗のピンピンピン」のコーナーも好きでした。)

歌手に限らずグループで活動していた人達は、概して私生活では疎遠だったりするものですが、キャンディーズの場合は引退後も仲が良かった例外的な存在だった様ですね。其れだけに、スーちゃんを見送るランちゃん&ミキちゃんの姿には胸が打たれました。

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» 無常 [ば○こう○ちの納得いかないコーナー]
一昨日の記事では最後に付け足しの様な感じでチラッと触れただけだったので、恐らくは伝わらなかったと思うが、田中好子さんの突然の死は、自分に相当のショックを与えた。キャンディーズよりもピンク・レディーに夢中になった人間なのだが、キャンディーズも好きで、3人...... [続きを読む]

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