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2011.12.14

【まとめ】:2011年 今年亡くなった人。+徹子の部屋 追悼特集 多々追記

2012年版はこちら 「〔再編集〕2012.1.2~6.29 判明分

カテゴリー「訃報」を作った。

今年はあまりに亡くなった人が多いからだ。

記事に書けなかった方々もいる。

たとえば

和田勉。

「ザ・商社」なんてもう一度放送してほしい。

画像検索すると爆発頭っぽい赤ん坊が出てきて笑ったw

細川俊之(記事参照と同日の1月14日没。

横沢彪。(1月8日没)

ワタシの青春はひょうきん族でした。

爆問学問に出て間もなく亡くなられたんじゃなかったか。

喜味こいし(1月27日)

ぴよぴよ、ですね。「大正テレビ寄席」。

ピーター・フォーク(6月23日没)

先日の日テレでしたか「最後に会ったのは古畑任三郎」って

誰だって田村正和と思うじゃないですか。ツートン青木だったんですねぇ。

宮尾すすむ(7月12日没)

いわずと知れた「日本の社長」学校や仕事を休むと必ず見ていたのが

「あなたの知らない世界」と、「モーニングショー」

徹子の部屋には49、55歳、奥さんが亡くなったあとに出演。

大正テレビ寄席も社長もアタック25もテレビ朝日系(昭和のころはNET)。

よい社長さんのところは奥さんが偉い、とも。

家族が互いに感謝の気持ちを持つことだと。

原田芳雄(7月19日没)

タモリ倶楽部。で片づけてしまってはいけないが。

「ボクらの時代」を見そびれたのは本当に惜しい。

それからすぐ亡くなってしまったような記憶がある。

是非再放送を。

小松左京(7月26日没)

恰幅のよいイメージしかもっていなかったので、晩年の写真を見たときに

本当に驚いた。

「日本沈没」「さよならジュピター」う~ん映像化するとこうなっちゃうのか。

「ダンテが好きだった。こんなんだから恋愛小説は得意じゃなくて。」

「戦争やビキニ水爆がショックでSFを書き始めた。

学校では教えてくれないので、文明というものに興味を持った。」

北杜夫(「徹子の部屋」1980年、53歳で、3年前にも81歳で斉藤由香さんと出演、10月24日没)

小生、以前徹子の部屋への出演を、うつ病で断りました。

今はそう状態になり出られます。

大正7年の新聞は国会図書館にもなかったですね。

(2008年)父の口癖は「パパはもう、死を待つばかりだから」

伊良部秀輝(7月下旬?)

自殺、という語感が嫌。

もっと肝っ玉の太いピッチャーだと思っていた。

華々しい現役時代だったのにどんどん先細りして行き、最期がああだなんて。

滝口順平(8月29日没)

ドクロベエですよ。ワタシの子供時代に欠かせないひとでした。

「ぶらり日本途中下車の旅」が遺作とは。

松田直樹(8月4日没)

殉職、という言葉が当てはまるかどうか。

亡くなり方が衝撃的だった。

日吉ミミ(8月10日没)

もう処分してしまったが、実家にはシングル「男と女のお話」があった。

ワタシが学校から帰ると、プレーヤーから勝新の座頭市や

この曲が流れてきて

子ども心にも帰宅拒否症になった(^^ゞ

「ムー」で流れていた「世迷い言」がすきだった。

前田武彦(8月5日没)

徹子の部屋には、80年、2000年に出演。

「何度も”徹子の窓”って言っちゃうんだよね。(←昔「光子の窓」って番組

があったため)

スターみたいな位置に居るとね、上から物を見ているつもりはないけど、

細かい裏側の人生に気付かなくなる。

みんなが知らないものを紹介できる立場にあればと思って。

政府が省エネとか言うよりは。」

「Eメール仲間が6人できて。山形の医者の所に行って山菜を食べようと。

6人全員の年齢を計算したら422歳になって。422歳のドライブだね。」

ワタシが物心ついたときには、前武さんは夜ヒットを降板した後だった。

よく親が「共産党万歳!」と言って人生だめになったひと」と言っていた。

巨泉さんの「ボクらの時代」記事参照

8月に亡くなった人、多いですね。

山内賢(9月24日没)

あばれはっちゃくの先生ですね。

子役時代から活躍されていますが、子どもの頃はいじめにあっていたようです。

確かこども店長もケンちゃんも同じ経験をしたんじゃなかったかと。

子役の環境、勤務形態は昔から変わってないようなので

もう少し配慮が欲しいよな。

五十嵐喜芳(9月23日没)

テノール歌手、と知ったのは随分後。

「コメットさん」(大場久美子バージョン)のパパの印象が強い。(op参照

杉浦直樹(記事参照 :9月21日没)

12月23日nhkで「輝く湖にて」放送。2004年作品。

映画「黄昏」をモチーフに作られたドラマ。

岸辺のアルバムコンビ。

八千草薫さんいわく「亡くなったと言う実感がない」

また、最近になって「この人も亡くなっていたのか」と知った場合もあり。

佐藤恵利子(元女子サッカー→フットサル選手:ルネサンス熊本FC。東日本大震災で死去。79年生まれだからまだまだ若い)

大町正人(ボニージャックス・セカンドテナー:享年73歳 7月8日没)

ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベ(占星術師・11月22日没)

80年代に占い雑誌「マイバースディ」を読んでいた世代なので。

まだ60歳代じゃなかったかな。

松本礼児(作詞家:12月19日焼身自殺。68歳)

一瞬999の作者の方かと思った。違います。

代表作に石野真子「ジュリーがライバル」とあり2度びっくり。(動画参照

おばちゃん3号(=三代晃子。7月27日、多臓器不全。65歳)

ガキ使ファンならわかるはずです。

新沼博江(バドミントン元世界チャンピオン、新沼謙治さんの妻。 

9月7日没 62歳)

結婚当時かなり年上の奥さんだったな、という記憶が。ガンだったんですね。

4年前、ブログを初めてまもなく植木等がこの世を去った。

とっさに記事を書いたがまとまらずに消してしまった。

2年ぐらいは「死亡記事」を書いていない。

著名人が亡くなった直後に新聞に出る「追悼記事」「~を悼む」

子供のころからあまりのタイムリーさに不思議でしょうがなかった。

以下、印象的な訃報。

坂上二郎(3月10日没)参照 

亡くなったのは父親の誕生日、3月10日。

翌11日「ひるおび」→「ミヤネ屋」の追悼特集のあとに東日本大震災。

だから忘れようとしても忘れられない。

明日の刑事よりたぬき先生よりコント55号。

田中好子(4月21日没)「キャンディーズの記憶」記事参照 

12月21日、nhk「SONGS」キャンディーズを見ました。

何年か前、「プレミアム10」では「みごろ食べごろ笑いごろ」を放送し

伊東四朗サンとともに当時を振り返っていました。

そちらの編集のほうが好きでした。

昨日のは、全キャン連だったら嬉しいかもしれませんね。

児玉清(5月16日没)「さよなら児玉清」記事参照

              「週刊ブックレビュー」記事参照

のちに勤務先の図書室で本「びっくり法律旅行社」を見つけ、不覚にも

涙が出てしまった。

竹脇無我(8月21日没)記事参照 

徹子の部屋にも出ているが、音声のみしか残っていない。

(76年、当時32歳)2005年放送の映像はあり。

稽古のときに徹子さんが「なによ気取っちゃって」と言ったとか。

「私はそんな失礼なことは言わないんですけど、でも気取ってたんでしょ」

柳ジョージ(10月10日没)記事参照

今年亡くなった人の中で、最大のショックはこのひとだった。

「遺言」は後世に遺したい名曲。

立川談志(参照

これも信じたくなかったなぁ・・・

珍しく、ツィッターよりも先にラジオの速報で知ったのだが

そのときも「ガセだろ」みたいなツィートはあったな。

文春最新号、なぜか師匠が銭湯でひげを剃っている写真を掲載。

「お別れの会」も傑作でした。

「再び生きて帰らないように」三本締めをしたり

鶴瓶が見舞いに行った際、師匠が三枝の見舞金をくれたエピソードを

披露したりと

「故人はにぎやかなことが好きですから」と言わんばかりの会。

インパクト大の遺影は

長門裕之(5月21日没)。

この人は死ぬまでやんちゃ坊主のボンボンでしたね。

カテゴリ「訃報」をクリックしていただけると他の方もぽつぽつ

書いております。セーラ・ロウエルとかね。

年末まで半月あまりとなりましたが

もうこれ以上逝かれるとつらいですね。

今年の漢字は、個人的には「喪失感」の「喪」かなと

※4日前はバタバタしていて非常に雑に記事を書いてしまったので

加筆修正しています(12月18日~)

また、本日帰宅してすぐ、おととい金正日が亡くなったとのニュースを知った。

(19日)

完璧に網羅したい方は10日現在までならこちら。後はウィキ、訃報ドットコム(参照)等で。

追記(2011.12..21)

ツィッターで訃報が出る時にはガセも多いので

談志師匠同様信じられなかったけれど

森田芳光監督もお亡くなりになられたようです(12月20日没。)

当初、中日新聞だけ報じられて

何ぞ他の新聞には載らんのじゃ、と思ったのだが。

「僕達急行A列車で行こう」が遺作か。

「家族ゲーム」「ときめきに死す」よかったなぁ。

(12月22日記)

森田さんの訃報の直後に

元プロレスラー、上田馬之助さんも亡くなったと聞き

さすがに今朝の朝刊を見るまでは信用できず。

まとめというより加筆修正が多いです。

ついつい「あっあのひとも」って感じで書き足してしまう。

追記(2011.12.25)

入川保則(12.24没)

クリスマスに亡くなった有名人としては、古くはチャップリン、金子信雄、

逸見政孝。イブは入川さん。昔元妻のホーン・ユキさんとやってた

ワイドショーのタイトルが思い出せない(関西地区以西だけ放送されていた

ような。)

柳宗理(12.25没)

調理器具を買おう買おうと思いながらこの日が来てしまった。

96歳までご尊命だとは知らず。

十代目岩井半四郎、片岡芦燕(12.25没)

小笠原猛(12.26没)

主に特撮テレビドラマ・元映画監督・映画監督。

演出・監督作品に「特別機動捜査隊」「鉄道公安官」「特捜最前線」

「快傑ズバット」「それゆけレッドビッキーズ」46話

「宇宙刑事ギャバン」「恐竜戦隊ジュウレンジャー」

「超力戦隊オーレンジャー」・・・

杉原輝雄(プロゴルファー:12.28没)

2008年より前立腺がんを患う。

セベ・バレステロス(5.7没)同様驚きました。

他にもジョー山中(8月7日没)、鳴戸親方(=隆の里。11.7没)

出崎統(でざきおさむ=アニメ監督。「あしたのジョー」「ムーミン」

「劇場版とっとこハム太郎」など多数。4月17日没。享年67歳。)

西本幸雄(11.25没。97歳)・・・

昔読売新聞の墓銘碑は、もう少し欄が多かったんだけどな.

内藤陳(12.28没)読まずに死ねるか!って死んじゃったやん・・・

(12.30記)

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コメント

giants-55さま、コメント欄およびTBありがとうございました。

江利チエミ「酒場にて」・・これも実家にレコードがあり

母がよく聴いておりました。

中2のバレンタインデーの前日、テレビニュースで

訃報を知ったものです。

週刊文春最新号には、他にもウサマ・ビンラディンや西岡武夫、ワンガリ・マータイからエリザベス・ティラーまで載っております。

今年は本当に訃報が多かったですね。


 

書き込み及びトラックバック有り難う御座いました。

幼少期より見知った著名人達の死に触れる機会が、年々増えて来た感じがします。其れだけ自分自身が年齢を重ねて来たという証左なのでしょうが・・・。

あみーご長嶋様とは世代的に近い事も在り、此方で取り上げられた物故者の御名前には、自分もグッと来る物が在ります。

「家族ゲーム」を初めて来た際の衝撃は、今も忘れられない。其れだけに森田監督には大きな期待をしていたのだけれど、「そろばんずく」で大きく躓いてしまった感が在るのは残念。「旬な芸能人のキャスティング先ず在りき。」という作品は此れ迄にも多く在るけれど、其の殆どが駄作という感じなのですが、其の中でも「そろばんずく」は正直酷過ぎたので。

上田馬之助氏の死は、非常にショックです。健康さしか感じられなかったスポーツ選手の死というのは概してショックな物だけれど、「偉丈夫」という言葉がぴったりな彼だっただけに余計にです。「プロレスラーは概して他者より肉体的に大柄だったりする訳で、選手達の中には其れをコンプレックスと感じている人も少なくない。自身に大きなコンプレックスを持ち、辛さを知り尽くしているからこそ、プロレスラーには(リングを離れると)半端無く優しい人が多かった。」とは、嘗てプロレス中継を多く熟していた徳光和夫氏の言葉ですが、馬之助氏もそんな一人だった様に感じています。

P.S. 江利チエミさんの死も、非常にショックでした。彼女の歌う「テネシーワルツ」も良かったけれど、一番好きだったのは「酒場にて」(http://www.youtube.com/watch?v=nH_dz3n9ywA&feature=related)。「信じていた義理の姉からの酷い裏切り」、「大好きだった高倉健氏との別れ」等々、晩年は辛い出来事が多かった彼女。画面上から感じられる明るさとは余りにギャップが在る私生活も在って、孤独死した事が可哀想でならなかった・・・。

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プロレスラーの上田馬之助氏が昨日、71歳で亡くなられた。自分の中で「上田馬之助」というプロレスラーは1人しか存在し得ないのだが、リング・ネームを引き継いだ2代目が居られるそうなので、誤解を避ける意味で敢えて書くならば、亡くなられたのは初代・上田馬之助氏で在...... [続きを読む]

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