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2013.02.03

NHK テレビ60年 永六輔×秋元康 

永:今、素直な感想言ってもいいですか?
  テレビに出てね、有名人と並ぶ。ドキドキする。ホントに

秋元:僕はですね、永さんの番組すごく見てましたし
    たぶん永さんがテレビに見切りをつけた時代から
    僕は放送作家になったような気がするんですよ(秋元康)
    あのね、テレビだけじゃないんですよ
    作詞とかもやめてる。テレビから離れてるのも
    離れたほうが見えるから。

秋元:(夢であいましょうは)ハケ方がすごいですもんね。 パッといなくなる形が。
    生放送だってことも見てると忘れますけど
永: 生だから、ああなんです。
    しかもあれは、1週間リハーサルしてるの
    三度の食事も一度にするってぐらいリハーサルやってた
    そういうことができたんですね

秋元:今ほとんどリハーサルのあるバラエティないんですよね。
    中々その時間が取れない
    で、中島弘子さんがステージでプロじゃなく、アマチュアで芯(中心)を取ってる
    テレビじゃないとできない
永:夢であいましょうの場合だと
  最初に越路吹雪さんか江利チエミさんか
  最後の最後まで悩んだ。
  そうこうしてるうちに衣装がない、
  予算がなくて。
  で、黒柳さんの衣装を借りようって話になって
  そのために衣装付きの中島弘子さんになったという・・・

秋元:でも中島さんの淡々としたのも新鮮味がありますよね
永:なんとか笑わせようと

秋元:谷幹一さん(2007年没)ホント面白いですよね
谷さんがテレビを舞台のように自由に動き回っているのがすごい
動画参照

永:今も芸人さんいっぱい出てるけど、あそこで勝負してるもんね。
  中島弘子さんが笑いだしてセリフも言えなくなっちゃう。それに対して凄い批評が来る。
 「なんであいつが」「笑っているのは許せない」たくさん投書が来て。
 でもだんだん面白いって投書に変わっちゃう
 変わるまで頑張った。今はもうできない。
 今は次の瞬間いなくなっちゃう。そこまでがまんできない
秋元:僕はあの生放送やってるとき
「   実は家にテレビがないから、中々親に見せたりできなかった」と。
    たとえば渥美清さんがお母様に見せようと思っても見せられなかった、と。
   そんなにテレビってまだ普及してないんですよね

永:出演者の中で、家にテレビがあったのは坂本九だけ。
 うちが料理屋だから。あとはうちに帰ってもない。
 黒柳君も両親が近所の喫茶店に行って見てた。

秋元:昔は御仏壇のように観音開きになってそこでみんなで見たという
永:ラジオもそうだった。家族が集まって。ラジオ見ながら聞いていた。
  それがそのままテレビ。
秋元:僕らはテレビが床に直に置かれる時代。目線が下がってる。
    放送作家を始めたころは参加することでテレビが楽しくなる時代ですね。
    「ザ・ベストテン」ならリクエストはがきを書く、
    「オールナイトフジ」「夕ニャン」なら自分が出ていく。
    つまり、素人の時代が流れるわけですね

●小沢昭一
永:昭ちゃんも、ある時期テレビに出てたけど、全然出なくなった時、
  外からテレビを見ていた。
  テレビを理解しようと思ったら中にいちゃいけない、
  離れて、できるだけ高い所に登って全体を見なきゃいけない。
  日本の古典芸能、大道芸、全部テレビ向けにならないよう
  我々はしなきゃね、と言って志半ばで亡くなっちゃう。
  民俗学、宮本常一さんが好きでね。
  ならって「放送の仕事がしたいんです」と言ったら
  「電波がどこでも飛んでく。飛ぶ手前に居るな。飛んでく先にいろ
  飛んでくるところにいて、どんなふうに皆さんが話をしてるか見て
  持って帰ってから放送を作れ」と言われて。
  その言葉をみんな大事にしてました。
秋元:アーカイブで「夢であいましょう」また作りたいと。
   だけどできるのかなあ、そんな思いを込めて終わった後
  「テレビファソラシド」が始まるわけじゃないですか。大人の番組ですよね
永:NHKの廊下やなんかで女性のアナウンサーと出会うわけですよ。
  皆品がよくて素敵なの。彼女たちがなんでショーとか
  報道番組に出てこないんだろうって。
  当時ニュースにも出てない。お料理番組ぐらい。
  交渉してがんばって出てくれるようにしたんですね。
  加賀見さんとか頼近さんとか。
  ピアノ弾いたりいろいろするようになったの、あの番組が初めて。

秋元:ご自分が手がけた以外でよかった番組は?
永:やっぱりドキュメンタリーですね
  ダラスで大統領暗殺。テレビってあんな中継できるんだ
  僕にはできないと言うのがテレビから離れた一つの理由
 今テレビ見てると、コメンテーターが出てくる。コメントで感心したこと1回もない。
秋元:コメンテーターはアリだなと思うのは
   昔、たとえばラーメン屋さんでテレビの野球中継見ながら
   「バットの握り方が悪いんだ、スイングが速い」などと
   勝手なことを言うじゃないですか。プロに向かって素人が言う面白さが
   ワイドショーのコメンテーターにはある
   「笑点」がすごいんじゃないかと思うんですよ。
   落語家がああいうふうにテレビに出てきてネタでも小噺でもないところで競い合う
永:テーマソングがあるでしょう。あれ、中村八大が作った。
  スパイクジョーンズみたいな。あれで日曜日だと思う。
  テレビって継続しないと人の記憶に残らないんじゃないかと
秋元:放送作家を辞めようと思ったきっかけは?
永:テレビって、出ちゃうと偉そうに見えるのね
  僕なんか気が弱いから等身大より偉い人に見えちゃう。それが恥ずかしいのが一つ。
  宮本常一さんが言ったように「発信したものを受けろ」っていうのもひとつ。
  あなたに向かって素直に言っちゃうと
  「もう1回夢であいましょうをやりたい。もう一回若い人と作詞をやりたい」と
  今思ってますよ。
秋元:こういう紆余曲折をやったけど、永さんが思うテレビを是非作ってほしい
永:60年は還暦。生まれなおる。
いっぺん死んでもう1回生まれなおすことなのね。
「60年」てタイトル付いてるけど「還暦」のほうがいい。
テレビのチカラは、見ないで音を想像する。
テレビにしかできない。遠くのものを見るテレビジョンは
それなりに素晴らしいものだけど電波の中の音をどう受け止めるか
秋元:僕らはいろいろ実験してきたけど次の世代は何をするのかなあ。
   野球中継をしたらお客が減るんじゃないか。相撲も。実際はそんなことなかった。
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天才たけし、だったんだよね。
テレビに定年はないけど劣化はある。

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