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2014.03.01

サワコの朝 藤原竜也: 蜷川幸雄さん、深作欣二さんのこと。

記憶の中で今もきらめく1曲
長渕剛「乾杯」
東京に出てくるときに、長渕さんの曲で常に励ましてもらった。
年に1日も帰れない時もありましたから。
14、5歳で出て来て、友達とも遊べない、毎日演出家に泣かされて
泣きながら元気をもらってたんですよ。
コンサートには、行きます。
長渕さんはお客様を大事にして、みんなで盛り上がってこうぜ、
俺について来いっていうのに。魅入っちゃうんですよ。
もったいないから、ここぞとばかり目に焼き付けて。
蜷川幸雄さん
阿川:蜷川さんが最初の出会いですね?
そうですね。
この方が一番偉い人なんだろうな、と自分の中で決めて
この人の言うことだけはちゃんと聞いておいた方がいいだろうと。
絶対でした。「ここで泣け」と言われれば泣き
「脱いじゃえ早く!」と言われたら全部脱ぐ。パンツも脱いでました。
「え?こんな世界なの芸能界って」何も知らなかったから。

阿川:罵倒されたり。
いっぱいありました。まずは人格否定から入られ
僕という存在から消され
「炎が見えないんだったら全部つけてみろ!!」ジュってやられたり。
究極な15歳の少年への追い込み方でしたね。
今振り返ればそういう演出する方って絶対的におられないから
正しかったんじゃないかな。

阿川:今はそう思うけどその当時は「許せねェこのジジイ!」って
いやもうそりゃ何度も思いましたよ。今でも思います。
俳優と演出家として、できるようになったのはつい最近のことじゃないか
「身毒丸」終わったら、地元の友達が遊んでたから
僕も一つの青春を経験したくなり・・・
阿川:結構不良だったんでしょ?
藤原:違います「スポーツ少年」と言ってくださいw
    みんながやるような悪さですね。ワルになれない中途半端な。
    でも蜷川さんが唐十郎さんの戯曲をぼくに渡したんです。
        (←「唐版 滝の白糸」2000年)いやもう「はいっ」としか言えなくて。
   その時から、僕の中では
   「蜷川さんと失敗したら次はないんだな」という思いはありましたね。
   「失敗したら次は声をかけてもらえない」
   お客さんや関係者がなんて言われようが、蜷川さんに
   今日この1日を「よかった」と言われるようにやろうと。

関連記事:サワコの朝 蜷川幸雄  2012.8
       Eテレ SWITCH 達人達 藤原竜也×長谷川穂積  別館 2013
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深作欣二監督「バトル・ロワイヤル」
阿川:18歳のときで。急に師匠が変わるわけですね。
深作さんに
「藤原君の、次を読まれるような芝居なんてちっとも面白くない」。
「それ硬すぎる。蜷川演劇じゃないんだから僕の芝居は」
無茶苦茶言われましたね。次の本番で又NGを繰り返して。
分からなくても必死にやるじゃないですか。
「そういう芝居も要らない」とか
どんどんわかんなくなって来て。やってやってやってOKもらう。何十回。
監督が酒飲んだ時
「僕は、演出は蜷川君よりうまいよ」と言ったりね

今振り返っても涙が出るぐらい。深作組の現場って。
それを超える現場に出会ったことないし。すごい厳しいけど
みんな輝いてて全てがよかった。
突き刺さる、えぐられるようなダメだししてくるし。
三谷幸喜「ろくでなし啄木」
新撰組で一緒になって。
「君が書いてくれって言っても、実現させるためにはいろんな大人を動かしたり
するんだよ」
でも僕が「上の人から順に言ってるんだから。会長ぐらいから」
でも三谷さんいわく「思ってたような案件じゃない」
「徐々に上にあがって行って、描かざるを得なくなった。」って。
吹石一恵さんの初舞台を僕と勘九郎さんで引っ張った自負があるんですが
お客さんの反応はほぼ「吹石一恵さんがよかった」
僕と勘九郎さんがっくりしたんです。そういうもんなんですね舞台って。


●「近代能楽集~弱法師~」、3月7日から「ムサシ」
橋渡ってぶつかって死んだ方がましだなとか
死ぬのやだから脚骨折したほうがいいかなとか
やってもやってもうまくいかなくて追いつめられて眠れなかった。
「あなた(蜷川さん)が僕をつくりあげて、僕を壊し始めたんだ」
今しゃべっても蜷川さん覚えてないんだから。
報われはしますけどね。ただ苦しいだけです。
稽古以外で会いたくはねぇやって。
でもふたりでお茶したり飯食い行ったりできるようになって。
・「ムサシ」で1年半ぶり蜷川作品。
「俺に会ってなかった1年間2年間、どういう仕事してきたかわかる」
「つまんねぇ仕事してきたんだろうなあ」とか。
演劇って蓄積あってもゼロに戻っちゃいますから。そこから築き上げる。
「もう蜷川卒業しろよ」って言ってくる人いますけど
手を差し伸べてくれたのは蜷川さんだし。
蜷川のおじいちゃんもお歳ですから。あんな天才いません。
●似たような役柄
石橋蓮司さんにも勝村政信さんにも
「お前は勢いじゃだめだぞ」
「まだお前大声出してんの」って言われるけど、台本に書いてある(笑)
割り切ってやってる。温度低くしゃべれって書いてない。
大杉蓮さんに憧れてる。
大変な思いをされてきた人は人にも優しい。
●新婚生活
(結婚まで)長かった、ってのもあります。
蜷川さんの「祝福するよ」って一言が背中を押してくれた。
孤独で戦ってる姿が仕事に反映するのかなって
その思いは失いたくない。
僕はオヤジですねぇ。競馬とかマージャンとか。
高揚感を求めるのが好きなんですが、調教師が走らせるまでの
ストーリーを聞くのが好きだし。一言では語れない。

●今元気になれる曲
RCサクセション「宝くじは買わない」



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