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2014.08.22

【Eテレ】ミュージックポートレイト 宮沢りえ×野田秀樹

宮沢りえ

・UFO ピンク・レディー
生まれてすぐに離婚。叔母夫妻の家で育てられる。
お年玉を貯めて初めて買ったのがこのレコード。
ハーフゆえいじめに遭っていた。「外国の子」
りえ:でも、かわいかったってのもありますし(笑)
野田:ごめん、こっちが言わなきゃいけなかったんだ。可愛かったんだねぇ(笑)
・交響曲第5番 モーツァルト
小5でモデルデビュー。ようやく母と暮らせるようになる。
母が初めて聴かせてくれた曲。
すごい小さなマンションだったんだけど、一緒にいられることが嬉しかった。
熱帯魚を飼うことが実現し、水槽を見ながらかけてた曲。
幸せだったっていう記憶がサーって蘇る。
離れてた時期があったから余計幸せで嬉しくて。
外見が違うからずっといじめに遭っていたけど、ヘアメイクさんに
「すごいキレイな髪の色ね。どうやって染めてもこの色にならないわ」って。
褒めてもらった時すっごい嬉しくて。容姿がコンプレックスだったけど。
野田:僕なんか「背が低くてよかった」って瞬間には一度もあってないもの。
    だから声がでかいんですよ
りえ:その人のもつ環境は、運命を変えてしまうというか
野田;価値観を変えてしまうよね。
りえ:山口小夜子さんに憧れていたんですね。しゃべらず表現する。
   お化粧してもらって、映像に憧れる高揚感が子供心にあった。
   自分が否定していたものが、周りの力でそうじゃないものに変わることを確認する。
・SEVEN DAYS WAR  TM NETWORK
映画「ぼくらの7日間戦争」主題歌
ホントに凄かったんですよ。時代と、思春期の子が絶対に通り過ぎる反発。
リハウスのCMでお芝居の仕事が来るようになった。
山口小夜子になりたかったので、まだ背が伸びると思ってたし
パリコレに出るのが最終目標だったから、セリフとかすごい嫌だった。
ぼくらの7日間戦争やっても、またモデルに戻れるんだって思ってたけど
世の中の仕組み的にはそうじゃなかったらしく。
お芝居とか歌とかアイドル的なものを求められて行ったんですよね。
ドラマで「ぶっとび~」ただ楽しいドラマやって家帰ったりすると
我が家がサロンみたいな状態になってる時があったんですよ。10代後半から20代。
いろんな人が集まって(石橋蓮司や原田芳雄など、俳優・文化人)
面白い大人達の話を聞いてるほうが楽しかったし
それを聞いてまたぶっ飛びしに行く。振り子のような時期。
・リンダリンダ THE BLUE HEARTS
初恋の男の子に中学の時、カセットテープでもらった。
自分の体に何が起こっているのか理解できない時があって。
あまりにも沢山の情報や出来事が、自分の心を超えて溢れてしまってた。
きっと。毎日。
寝ると、ある人に言われた言葉とか、本当に音で流れてるんじゃないかってくらい
覆いかぶさってくる。だからイヤホンでこの曲を聴くと安らかに眠れるっていうか。
みんなそうなのかなあ。わかんないけど。

「Santa Fe」
落ちぶれると脱ぐイメージがあった。
野田:あの広告を見たとき、飲んでたコーヒーを吹くようなイメージ。
    で劇団員みんな起こして。
りえ:嫌だって言ったら洋服着ましょうって話だったんだけど。
   一番綺麗な時だったし、私は今でも誇りに思う。

・帰れない二人 井上陽水

2ヶ月のあいだに幸せの絶頂とどん底。

このまま日本にいるのは不健康な気がして、とりあえず旅行に行こうかと。
母親は「あなたの好きにしたほうがいい。辞めたかったらやめればいい」と
ずーっと言い続けてたんです。
仕事に対する欲もなくなって。
現地でできた友達と聴くのは陽水さんの歌。
不幸なことも笑い飛ばせる、面白いことにしてしまうパワーのある人。
1曲作るのは相当エネルギーと苦悩があると思うけど
全く見せない大人なアーティストに触れるのがすごく楽だった。

・cocoon ビョーク

どうしてもいばらを選んでしまう自分の性格
光は見えるんだけれども、なんだろうって、傷だらけになりながらそっちを歩く
ビョークの「細胞に問いかける」ことが心地よかったんですね。
ああいう体現できる人になりたい、肉体の中に働きかける表現方法に憧れた。
・夜明け 笹川美和
夜明け前後の時間がすごく好き。音が何も聞こえない時にこれを聴いてた。
どういう人生を歩むのか、スケールの大きいことを考えられる時間帯。
野田:好きでいばらを選んでるワケじゃないんだよね?
宮沢:楽したくないっていうか
・Don't Know Why ノラ・ジョーンズ
生まれてきた娘に初めて聞かせた曲。
ずーっと聴いてたんですよ。リラックスできるし、娘にも届くし。
・ブレス RADWIMPS 動画参照
友達と喋ってる時に、人を愛することを知らないで終わる人もいるだろうし
私は死ぬまでにちゃんとした恋ができるかな、したいなと
この曲を聴いて思った。女の子みたいなこと。ここカットしてください(笑)
母親、女優ともう一つ見え隠れしているところをなんとなく刺激されてる。
・LOVE ジョンレノン
勝手に「息を引き取る前に聴く曲」とイメージして。
愛する誰かがいて、眠るように死ぬことほど幸せなことはない。
結局愛なんだな。愛って大事だな娘をどれだけ愛したかによって
彼女が自分に返してくれるかによって違うし。
人を深く深く愛したままで死にたい。

野田秀樹
・見上げてごらん夜の星を 坂本九
長崎で生まれてるでしょ。4歳か5歳で東京に出てきて。
初めて長崎に帰った時にこの歌が流行ってて。
父親が星の話をしてくれた。
「今見てる星が、消えてなくなってるのに光だけ届くことがあるんだよ」
すごい鮮明に覚えてて、寂しくなって。
生きるということを初めて感じたのと、重なる。
・ふたりの天使 ダニエル・リカーリ
高3ではじめてお芝居作った時使った曲(「ひかりごけ」武田泰淳の同名小説を翻案。)
・I Come From Jamaica クリフォード・ブラウン
芝居初めて人気が出てきたけど生活は豊かでなかった。
新宿1丁目に住んでた。今はないけどレコード屋があってそこで買ってた。
貧しかったけど。
・Cavalleria rusticana間奏曲 マスカーニ
84年「野獣降臨」電信柱に耳をあてるシーンで使った曲。
イギリスで初舞台。
初めてのスタンディングオベーションもらって 。批評も良かったし。
「日本の芝居のイメージ”重苦しくてゆっくり”は、墓場に叩き込め」って。
帰ってきてからもこれを聞くとエジンバラの情景が結びついて出てくる。
音楽が人生を変えるって滅多にないけど
人生の情景、匂いを思い浮かべるのは自分にしかできない。
・哀愁でいと 田原俊彦
ジムでのトレーニング中、右目が見えなくなって倒れる。
網膜中心動脈閉塞症で失明
その日は朝から台本の打ち合わせがあり
駒沢のジムに行き、疲れたから休もうとしたら
「リズム体操を行います」で、この曲が流れ
面白そうだと思ったら曲の途中でスコーンと右目が見えなくなった。
すぐ病院行って。最初お医者さんは余裕持って現れて
目を覗き込んだ瞬間にさ「コレ、タメヨ!」つったんだよね。
普通コメディーとかで「タメヨ!」って言うんだけど
「だめよ」ってことですか?って聞いたら「ミエナイ、コレ、タメヨ!」(笑)
酸素送るのになんでもいいから袋をかぶせて詰まったものを押し出せって
そばにあったのがコンビニの袋。「俺コンビニかよ」(笑)
こうやって喋ると誰でも笑うもん。
・Break On Through  ドアーズ
野田は日本では有名な演出家かもしれないが、持ってくるべき作品は
これじゃなかった とかね
イギリスの舞台でセリフを忘れた。
「俺、何のために芝居をやってんだろう」夢の遊民社解散を決意。
・バラ色の人生 越路吹雪
家庭教師と暮らしてた時「ヒデキは、調子のいい時にはこの歌を歌うね」って。
・剣の舞 尾藤イサオ&ドーン

・Jungle Drum エミリアート・トリーニ
ずっとこんなのが好きなんだな
自分の家の近所のカフェで台本書いてて。むすめができてから。
そこ、音楽のセンスがいいんだな。まさに引っかかった。
こんな調子で書きたいなと。心は速いけど手が遅いんだよね。
・交響曲第2番第3楽章 ラフマニノフ
人生の最期に聴きたい曲。
むしろ最後に聞けない、お葬式でかかる曲にしようと。
葬式というシチュエイションを演出家が考えるなら、ドラマチックなもの。

剣の舞、和訳あったんだ。知らんかった。目が覚めたぞ。
この次はさだまさしと箭内道彦。

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えとせとら

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