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2015.10.10

サワコの朝 綾野剛 ミニマルミュージックとは。

綾野:わかりやすく露出しだしたのは3年前ぐらいからなので。
阿川:意外に33歳なんですってね?
綾野:そうなんですよ。まあまあおじさんなんです。
■カーネーション
阿川:一般的に、急激に有名というか騒がれるようになったのはNHKの
    「カーネーション」でしたね?
綾野:はい、そうです。間違いないですね。3週間だけだったんですけど。
阿川:あの時は、戦後まもなく長崎から出てきて
綾野:かつ朝から不倫してましたからね(笑)
阿川:でも好青年
綾野:そうですね。そこには正義がありましたね。彼にとっての。

阿川:ドロドロというよりは、爽やかな不倫をしていたイメージだったもんね。
    どういうきっかけで?
綾野:事務所から「朝ドラのオーディション行ってきてください」言われまして。
    「え?僕?」いやあ正直、僕が朝に出ていいのかって不安はありまして。
    しかもその時ロン毛だったんで。
阿川:なんで?
綾野:深夜ドラマやってまして。役のつながり上、切れなかったんで。
    殺し屋です(笑)
阿川:3週間という限られた時間の中で、人間像を作るのはある意味
    難しいんじゃないですか?
綾野:だいぶ出来上がったところに入ったんで、逆にそれをうまく使いたいなと
    思ってたのと、撮影が大阪のNHKだったんですが、大阪の気質もあって
    ものすごく現場があったかく迎えてくださって、こっちが緊張している、
    ま、言ったら東京もんが来た時に
    「じゃ、マイク確認するよ~」「入ってる?入ってない?」
    で、マイクここ(鼻のあたり)にあったんですよ(笑)
    「どうですか~?綾野さん大丈夫ですか芝居できますか?」
    「大丈夫ですできますよ」「用意スタート!」「ちょっと、おい!」(笑)
    周りのスタッフが「おいしいなあ」自分の緊張がグッと行こうとしてるのに
    一回ちゃんと緩和さしてくれて。
阿川:呼吸させてくれるみたいな。
綾野:初日か二日目だったと思うんですけど、そこでそんなこと教わったら、
    自分がいかに構えてたか。すごくおかげさまで助けられました。
阿川:カーネーションの前と後とでは気持ちが違うことがありますか?
綾野:気持ちといいますか、3週間いろんな方々が見てくださって
    正直今まで僕がやってた役のイメージというか、ロン毛だったり
    それこそ人間じゃない役もやってきたので、星人とかも。
    そういうイメージが強かった人達、いわゆる作り手側の人たちが
    「綾野くんてこういう役もできるんだ」って認知にもなったので
    僕が変化することで、周りも変化しようという意識になった感じですよね。

■記憶の中で今もきらめく曲
クロノスカルテット「ディファレントトレインズアメリカ」
Different Trains America ~Before the war

阿川:なんじゃいそりゃ(笑)今のがタイトル?
綾野:そうです。作曲家がスティーブ・ライヒという方でそういう楽曲がありまして。
阿川:楽曲?歌じゃなくて
綾野:歌は入ってないですね
阿川:いつどこで出会ったんですか?
綾野:19、20歳の時。東京出てきてすぐは、一緒に音楽やってた仲間がいまして。
    ベーシストが「これは剛君の思想に絶対合うはずだから聞いて欲しい」
    流した瞬間、激しくもなければ、なんか漂ってる音楽だと思った。
    こんな音楽あるんだ、今の自分だまさにって。
    ミニマルミュージックと一応言われております(笑)
    よくあるのは、ひとつのリズムが例えば四拍子であるとして
    それは一定のリズムで一定の音色が鳴ってるんです。
    えんえん10分間鳴ってるとしますね。そこに全く違う音色が
    四拍子の音色に合わせて、いろんな展開をしていくんですよ。
    どんどん小さくなったり、3拍子になったり7拍子になったり。
    でも下の音色は変わらない。空気感もテンポも雰囲気も変わっていく。
    だから世界は変わらないけど、僕たちは変わらなきゃならないっていう
    音楽なんですよ

中3の時、岐阜県大会陸上800m優勝。
阿川:中距離って大変じゃないですか
綾野:「陸上の格闘技」て言われてるんで。ぶつかったり。
    殴ることはもちろんダメですけど、先頭集団がいてちょっとペースが落ちて
    間が開いたりするとぐっと入ったりするので。
    性格に合ってた。2周で決着つけるのに美学を感じた。
    部活しかやってない人間だった。未だに努力が苦じゃない。
    走ってることが圧倒的に楽しかった。根本的に陸上バカ。
    箱根駅伝に出たいとも思ってた。
    正月必ず泣きますからね。スタートから(笑)
    自分でもめんどくさい人間だと思うんですよね(笑)
■高校卒業後上京
もうこれ以上できないという認知はありました。
自分には陸上しかないのかなっていう、ぼんやりした不安。
定点カメラでスクランブル交差点が映るじゃないですか、
あれ見てて「ここだな」って。
他人同士がああいう距離で歩くって、田舎じゃないんですよ。
ほとんど知り合いだったり。全く知らない人たちがあのスクランブルであるく。
行った瞬間「うわあすごい」って。真ん中で止まったら当たった。
全く誰とも目が合わないんですよ。で、どこへ行ったらいいか危機感を感じて。
代官山には山がなかった(笑)
とあるライブハウスでガスマスクつけてやってるのを、
とある事務所の社長さんが見てて、ライブ終わったあとに会いたいって言われて。
ガスマスクだから顔も見てないのに(笑)
そこからモデルになって、いまに至る。役者になりたいとか思ってなかった。
僕演劇部とか相当バカにしてましたから。ドラマも全く見なかった。
陸上マガジンとか今でもたまに読む(笑)新しい選手とか。
陸上の科学ってどんどん変わって行ってるんですね。
新しくなってくスピードが圧倒的に速い。
昔の陸上のカリキュラムが頭に入ってるとして、わかってたつもりが
今全然違う方法なんだなと。
阿川:今日は陸上評論家の綾野剛さんに、新しい方法について・・(笑)
■仮面ライダー
僕は仮面ライダーやってないんですよ。怪人(笑)
7月4日、今でも忘れない初めて芝居をした日。
病院の廃墟で芝居をした。
ファーストカットが23あった。セリフさえ合ってればいいと思ってた。
「僕は新しい力を手に入れた」ってセリフ。
「お前を素人だって見てないんだよ。なめんなよ視聴者を」って言われて。
23カット目で「はいOK」鼻血が出たんですけど。
監督に「まあ100点でもねえけど、赤点でもねえよ」って。
すごい嬉しかった。素人の毛も生えてないような生意気なガキに対して
1時間半も使ってくれて。その時初めて役者はじめようと。
監督は石田(秀範)さん。(中略)
低予算の映画に出ましたね。ギャラが幕の内弁当とか、五千円のとか。

■今元気になれる曲
聴いてると破壊と構築を繰り返す。男性だけどとてつもない声で歌う。
Brennisteinn シガー・ロス








 
 


 
 


 
 



 

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