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2016.06.08

徹子の部屋 酒井若菜 膠原病、向田邦子の話など

●板尾創路さんの一言
徹子:だいたい芸能人ってそうなんですよ。
    元気な時は別だけど、疾患の時はなんとなく皆に言わないで済めば
    言わないでいようってするじゃありませんか。
    お母様にお電話なすったって?
酒井:そうですね。私2回休業してるんですけど、その時にも母に全然言えなかった
    いかんせんリューマチで動きができない。
    ちょっとこれはさすがに実家に帰るかも知れない。頼るかも知れないと
    黙ってられなくなって。どうしようかな、でも心配かけちゃうとなった時に
    板尾創路さんが
    「親に心配かけてしまうかもしれないけど、話すことも親孝行だと思うよ
    それが結構目からウロコだったんです。
    心配かけちゃいけないって気持ちだったけど、
    確かにこのことをずっと親が知らなかったら、さらに傷つけてしまう日が来てしまう。
    って考えて、板尾さんの言葉を受けて、ちょっと母に話してみようと電話しました。
徹子:すぐお話できました?
酒井:もうどういう風に話そうかなって思ってたんですけど、電話がつながった途端に
    泣けてきちゃって
徹子:今までの我慢がね
酒井:母はなにか悟ったんでしょうね。母も何も話す前から泣き始めちゃって。
    ひとしきり泣いてから「実は今体調がちょっと」
徹子:離れてるとお母様心配なさるでしょうね
酒井:そうですね、いつでも帰ってらっしゃいと言っていましたし。
    「お母さんだって貯金あるんだよ。明日仕事やめてくるから、あなたのそばに
     ずっと一緒にいるから」って。
徹子:ありがたいわね。そういう風に言ってくださる人いないもんね。
酒井:だから心配かけたって気持ちももちろんあるけど、そういう本音の会話を
    交わせたことが何よりも大きかったですね。
徹子:徐々によくおなりになったんなら、一旦はお帰りになったの?
酒井:会いには行きました。

●膠原病
徹子:徐々に医学が発達してるわね。
酒井:初めてかかった19歳の頃は、膠原病は不治の病、治療法はないと
    当時言われていて、先生に
    「治療薬が見つかるとしたら20年後かね」と言われて
    ズキンと来ることもあったんですけど、今年36になるので
    まもなく20年になるので、 全然希望はあると思ってます。
    周りの方は板尾さんに限らず「全然希望がないわけじゃない」
    最初抵抗があったんですけど、公表したら
    「公表してくれてよかった」今となっては良かったと。

向田邦子流魔法のインスタントラーメン
徹子:手早くておいしいの。向田さんのお料理。
酒井:真似しやすくて、料理の苦手な方にも簡単に作れる
徹子:向田さんね、魔法のインスタントラーメンっていうの考えたのある日。
    サラダオイルをフライパンにいっぱい入れるの。
    プチプチってなるじゃない。生姜とニンニクをいっぱいすりおろしておいて
    火を弱めて入れるの。表面がニンニクと生姜のプチプチでいっぱいになって
    茶色くなってきたら止めて、油は冷めたら瓶に入れて冷蔵庫に。
    インスタントラーメンを食べるとき、スプーンでちょっとしゃくって入れるの。
    すっごい美味しいの。ちょっと匂いがして。
酒井:のり弁もよく真似をして。最初ちょっと炙って上に鰹節とお醤油を混ぜて
    乗っけて、ミルフィーユみたいに重ねて。
    「向田魂」爆笑問題の太田さんにはかないませんけど、女では多分一番だと
    思ってますね。

    

※トットてれびの第5話は、向田さんが飛行機事故で亡くなるまでの話。
 ずっとみてるけどあれがいちばん悲しくなった。
そういえば菊地直子の役やったよね。
1000年後に残したい報道映像2012 菊地直子

    

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