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2017.01.29

ボクらの時代 森麻季×宮崎宣子×馬場典子 元日テレ 離婚の話

■新人の頃

宮崎:実際、麻季ちゃんが後輩で入ってきたときもう負けたと思いました

    私は2年目になって、新人が入ってきたから、
    新人のすごい大変な雑(用)もあるじゃないですか
    それから解放されると思ったら、先にレギュラーを担当し、部にいないっていう...
森:先輩を前に言うのはアレなんですけど、宮崎さんてすごい天真爛漫て感じ
  だからどうしても目立っちゃう。そうすると先輩が注意をされてたりする時
  私と鈴江は、あんまり注意をされることもなく
馬場:「先輩また怒られてる」
森:いいや言ってない(笑)
宮崎:あの時代、すっごい怖くなかったですか
馬場:一番グサッと来たのってどんな...
宮崎:宮崎弁が取れなかったんです。しゃべってることがぜんぶまちがってるから
    しゃべるまえに調べろと言われたんで、入社してから3ヶ月、ほとんど
    しゃべってないです。部内で
森:え!ええっ
宮崎:1回電話を取ったんですよ。「3(↑)番にお電話です」「3番(アクセントなし)」
    3回やらなきゃいけなかったんですよ。誰も応えてくれない。
馬場:いやあね。あたしいた?その時そこに
宮崎:いや、いたっていえないですよねそこに(笑)
馬場:なんかちょっとそれ陰湿に聞こえるね(笑)    
宮崎:いなかったことにしましょう。ちょっと覚えてない
馬場:この子は、繊細だけど我慢強いっていうか、泣けばちょっとって思うけど
    泣いたりもしないし
宮崎:はじめ泣いてたんですよ。そしたら「泣くな!」って言われて
    アナウンス部でたところのトイレ、一番奥の端っこが私の部屋だった。
    でもトイレのトイレットペーパーで泣いてたら真っ赤になるわけですよ
    だからこっそりメイク室に行って、ちょっと柔らかい高級なティッシュを 
    1個頂いて、自分用に置いてましたから。気づかなかったですか?
    あそこあったですよ。右上に。あそうか、森麻季ちゃんいないんだ。
■女子アナブームと「ねばならない」
森:あたしほんと地味で、なんの特徴もないのが悩みだったので。
  ほんと奇跡なんです。日テレに拾ってもらって。
馬場:そういう意味であたしも、日テレだからアナウンサーでいられたかもね
    いわゆる女子アナブームってずっと..フジテレビから始まったし
    女子アナって言葉にずっと抵抗が、我々はあるじゃないですか
    アナウンサーなのに、って。目立ってナンボ、キラキラしてなんぼの世界でしょ。
    面接の時「言葉の職人」て言葉に惹かれてなったんで
    そういう気持ちや目標を汲んでもらってたかと思ってたけど
    いざ出てみると、面接は真面目な人事の方とアナウンス部が中心だけど
    実際に仕事するのは制作の方たちだったりするじゃない
    そのギャップに驚いた「あれ?」みたいな
    「真面目に原稿読んでるだけじゃダメなのですか!!」
    「わたくしは、なんですか、何もない空間を見つめて驚いて
     10秒フリーズしていなければいけないのですか!」(笑)みたいな

森:この場だったらどう思われるか、そういうことすごい気にしちゃって
宮崎:私の場合、年から年中コスプレしてましたし、NG集だったり
    水槽の中に顔をつけて津軽海峡歌って「何の曲でしょうか」やってましたよ
馬場:振り切ってやってるのホントに偉いと思った
宮崎:自分が何をやりたいとかは、もうだめだと思って。
    周りが何に向いてるかを決めるんだなというふうに思ったんです。
    実際辞める勇気がなかった。居心地の良さと環境と先輩も後輩もいい
    仕事も与えられるわけじゃないですか。会社にいれば。
    給料も悪いわけじゃない、めっちゃいいですよ。
    入社の時、65歳、もしくは70まで契約してもらおうと思ってた(笑)
    一生食いっぱぐれないと思って
馬場:一生やりがいあると思ったし。私も大好きだったけど
    40で、寿でないなんてあんまり前例がないからさ、ほんとに驚かれちゃって
    なんかね、会社員としていい子に振舞うのは、多分できるのね
    喜ばれるし求められるから。いい子ぶるのが身に染み付いてるわけ。

    やっぱり局員としてこうあらねばならないとか、周りはこう見てるから
    こう振舞わなきゃいけないとか自分で決めた「ねばならない」が

    やっぱり未だに多いなと気づいて、すごく窮屈に思えた。
    「ねばならない」から少しでも解放されたい、辞めても苦労した。
    染み付いちゃってるから。
■離婚の話
森:すごくわかる気がします。私もあまり特徴がなく、フリーになって
   いろんなお仕事を頂くときに、まだ自分の中でちゃんとしたいい子である
   そこから抜け出せないなって反省することがすっごく多いです。
馬場:麻季ちゃんは寿だもんね(←※巨人の澤村
森:心を決めるのは早かったですね。
  野球選手なので両方責任を持ってできないなと自分の中で思って、やめようと。
宮崎:離婚すごく大変じゃなかった?
馬場:(結婚の)5倍大変とか言うでしょ?
宮崎・森:10倍いったと思います。なぐさめあったんです。
馬場:女性の方が大変って言うよね。名前とか何から何まで
    男性はハンコ一つで済むけど。
森:変えちゃったのをもう1回戻したりとか、その時また思い出したりとか
宮崎:私の場合は、結婚=幸せよりも、安心とか、
    一緒にずっといられる人って感じだったんですよ。
    だから別に価値観のすり合わせとか、そういうのあまり見なかった。
    自分から結婚を決めてることもあって、しなくていいのに気を使い始めた
馬場:結婚してくれたこの人を大事にしなければならないと
宮崎:自分と結婚してくれてありがたいな、みたいな
馬場:そういうとこあるんだよね、見えないけど
森:見えない。ごめんなさい(笑)結婚されてた時に、おうちに遊びに行って
馬場:呼んでくれてないよね。呼ばれてないよ~~
宮崎:いやいや、来てくださいよ
森:すごい素敵なおうちで紅茶を先輩が振舞ってくれて
宮崎:結婚生活は最悪で、どうしようと思いながら一生懸命紅茶入れてましたよ(笑)
    弱かったな、未熟だったなと反省することが多かったんで、もしこの反省を
    次に活かせることができたら、前よりかはちょっと成長した自分がいればいいな
森:離婚から半年間、どうやって毎日生きてたのか覚えてないですよ正直

  復帰せず事務所にも入ってない段階で、何の仕事始めたらいいのか。
  実家に帰っちゃったら、本当に立ち上がれなくなっちゃうと思ってて
  意地を張ってた部分もあり、  一人暮らしを始めたんですけど、
  全部いっぺんに荷解きすると、現実を受け止めることが迫って来るので、
  なかなかそれもできなくて。別れる選択をして、
  頭の中では二人で決めたことだし、別々の人生を歩むと決めたけど
  それも自分が望んだことなんですけど、
馬場:決めたことだけどその辛さは別物
森:当時、離婚した時、週刊誌にいろんな文字が躍って。
  理由も発表してないしみんな憶測じゃないですか。
  電車に乗ったとき自分の名前が活字で「W不倫」と出て、前の彼に連絡してたと
  なってたんですけど、連絡先も知らないし意味がわからなくて
  こうやって身に覚えのないことが躍るんだと。
  すごく世間を歩くのが怖くなった瞬間がありましたね。
馬場:それをひとりで耐えてたの?
森:知ってる人たちは、そんな事ないよと言ってくれる人も大勢いましたけど
  ただプロポーズを受けて「YES」といった自分の意思がはたらいてたじゃ
  ないですか。それが別れる=違ったんだとなって、
  自分の意志も信じられなくなって自己嫌悪。
  この先自分の選択を正しいと思えるんだろうか、という不安の中
  生きてたように思えます。
馬場:そこは初めて聞いた。YESといった自分への疑念?
森:はい。かもしれないですね
馬場:まあ、なんとかなるよ
宮崎:この経験は無駄ではなかった
森:この経験ができたから、人の温かさを知った。してよかったなと思います
馬場:結婚は できるものなら してみたい おそまつ。
    今年43になるから、子供はいつでも産めるわけじゃない。
    子供のために結婚相手を探すかというと、そうではなかった
    今相手を探すモチベーションにならなかった。
    リアルにしたいというのはなかったね。

追記:2017.2.18
よかったね

 

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