カテゴリー「古本」の10件の記事

美の壺:少女雑誌 録画しといてよかった。不毛地帯もね。

昭和初期の少女雑誌。映像で見ると、また違った趣がありますなぁ。

図書館ではちょくちょく借りていたこんな本。もちろん「美の壺」シリーズも借りてたよ↓

『少女の友』とその時代―編集者の勇気 内山基 Book 『少女の友』とその時代―編集者の勇気 内山基

著者:遠藤 寛子
販売元:本の泉社
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こんな本があることは知らなかった。奮発して購入したいが、ちと高い。↓

『少女の友』中原淳一 昭和の付録 お宝セット Book 『少女の友』中原淳一 昭和の付録 お宝セット

著者:中原 蒼二
販売元:実業之日本社
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この時代の少女画の美しさ、というと、中原淳一に代表される、長いまつげに、どこか遠くを見ているようなまなざし、そして番組中でもとりあげられた「おちょぼ口」(→「カバーガールの瞳の奥を見よ」でも言ってたけど、少女は自己主張できない、とも)。当時の少女の象徴だったのですね。もどかしい気もしますが。

その中原氏は、女優・葦原邦子さんの(97年に胃がんで死去。)旦那さん。我々の世代だと、宝塚時代よりも、TBS系のホームドラマでおなじみ。(ウィキ参照

ワタシはこの本が好き↓

あなたがもっと美しくなるために Book あなたがもっと美しくなるために

著者:中原 淳一
販売元:国書刊行会
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最後のツボで、友人関係を越えた「エス」について触れていた。もう戦争の足音がひたひた迫っていた頃、少女たちは読んで夢中になり、つかのまのスリルを味わっていたのね。

さりげなく田辺聖子氏が出ていたけど、お元気そうでなにより。

「美の壺」、ジャズの選曲もツボなのよ(参照)。だから、TVの映像で楽しみ、NHKのHPで愉しみ、録画して楽しみ、本を手にとってじっくり愉しめる、いい番組。

とはいえ、谷啓氏が案内人の時はよく見ていたが、今回草刈正雄氏になってからは初めて見たんだよねぇ(^^ゞ4月から交替されたんですか。ナレーターの古野アナも草刈さんと同じ福岡県出身。おいら的には身近に感じる。

話はガラッと変わるけど、録画、といえば先日放送された「不毛地帯」あれも録画しといてよかった。CMが多すぎて、放送1時間半後にはテレビ切っちゃったもん。CMってさ、シベリア抑留からやおら現実に引き戻されるだろ。なにが「あひるんるん♪」だっ、とか思っちゃうね。和久井映見も歳とったなあ。映画バージョン(76年版)をググると、出演者に物故者が多かった。じゃおいらの記憶にあるのは平幹二朗の壱岐正(79年:ドラマ版)か。唐沢寿明も悪くない、というか、この人以外で今の役者さんで、というのは思いつかない。坂本龍一の音楽、それからトム・ウェイツの「トム・トラバート・ブルース」(youtube参照)。77年の作品だそうだが、いきなり不意打ちでこの曲が流れると涙が出る。不毛地帯はシリーズ録画するに限る。

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古本探訪:小学館ミニレディ百科シリーズ&学研ユアコースシリーズ。

わけあって、母校の小学校に勤務し始めて1カ月。

おいらは30年前の小学6年生。現在小6の坊主は明日が誕生日。

あなたにとって学校の図書室とは、どんな場所でしたか?

その昔、図書室とは、本の貸し出しや返却をするだけじゃなく、リリアンやセーターを編んだり、コックリさん(→未だにやってる小学生ているのか)をする場所だったり、雨の日にトランプや将棋に興じる場所だったはず。

仕事の合間に見つけたのは小学館ミニレディ百科シリーズ:手芸アイディア手作り入門↓

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1976年6月20日が初版、シリーズ5作目。小学生の頃、夏休みの家庭科の宿題と言えばこの本から選んで作っていた。「しぼり染めクッション」「ハンカチ刺繍」「ジーンズのナップザック」(→ヤングにピッタリ、グーなザック。というキャプションがすんごいですね。)

「おしゃれ入門」が記念すべき第1作で、確か森昌子のインタビューが小さく載っていたと思う。おいらには「おしゃれ入門」「エチケット入門」「チャームアップ入門」の区別がつかない。中身が同じに思えてくる。あちこち調べてみると、74年から94年まで発売され、現在は絶版だそうな。ううう残念。「おしゃれ入門」を失くしたのが惜しい。子供時代に購入した本は大事にしなくちゃいけないよ。

そしてそれに対抗するが如くあったのが「学研 ユアコースシリーズ」

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このシリーズも随分買い集めたのに、手元に残っているのが「おやつクッキング」赤堀千恵美先生のものしかない。確か男子向けも充実していて「ホームズ(或いはルパン)からの挑戦状」や「世界の恐怖怪談」「大異変!地球SOS」「恐怖!幽霊スリラー」などがあった。町の図書館でも見かけなくなったが、書庫に眠っているのだろうか。

学研だと「ひみつシリーズ」は健在で、今も子供たちに広く読まれている。

それにしてもあな懐かしや。

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がきデカとすすめ!!パイレーツ・ギャグは爆発する。 

マンガ50年 ギャグは爆発する 

昨日(2月17日)、読売新聞の文化欄で始まった連載だが、早朝から坊主と吹いてしまった。

二人の眼に飛び込んできたのは、こまわり君の「死刑!!」だった。

真面目な記事のなかで、例のポーズが浮いている。

このポーズを、麻生太郎や中川昭一に捧げたい。捧げてどうする。麻生さんが悪乗りしたらどうする。しそうだ。

連載第2章、らしい。

「がきデカ」は1974年にチャンピオンでスタートしたが、おいらが初めて読んだのは76年頃。叔父が電車内に落ちていた単行本をくれた。当時は「キャンディ・キャンディ」が全盛だったが、自分は女子なのに、小3にしてもう飽き始めていた。だから一気に「がきデカ」にハマってしまったのだ。

連載開始からひと月後、駅の売店で10分で売り切れた「チャンピオン」

さっきアニメ版を初めて観た。なんか声がちが~う!!これってほんまに三ツ矢雄二かい。(youtube参照

自分の欲しいのは「中春こまわり君」坊主は「がきデカ THE BEST」

Book 中春こまわり君 (ビッグコミックススペシャル)

著者:山上 たつひこ
販売元:小学館
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がきデカTHE BEST 1 (1) がきデカTHE BEST 1 (1)

著者:山上 たつひこ
販売元:小学館クリエイティブ
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今日(18日)の本欄は、江口寿史「すすめ!!パイレーツ」

当時小学6年だったが、卒業文集や寄せ書きのイラストは、これと「マカロニほうれん荘」を描く子がちらほらいた。

009 ←95年にこんなんが出たので、5巻全巻買いそろえた。小学生の頃は人に借りたりしていたから、全部持っていなかった。

野球がここまでギャグになるのが新鮮だし(そりゃ過去にもあったかもしれないが)、なにより出てくる女の子たちが綺麗でおしゃれだった。

でも「毎週テンションを上げ続けてへとへとになり、次々新しいものをという強迫観念で自家中毒みたいに疲弊していくよう」だったとは。

それってギャグ漫画家のみならず今のお笑い芸人さんもそういうのが多いかも。

犬井なんか好きだったな。あと粳寅満次。

今夜のおかずはフジっ子煮・・・

記事を読んで30年ぶりに鴨川つばめのその後を知った。一時、対人恐怖症になり職を転々・・とある。

いまやこんなのもでてるのね。んじゃあたしの持ってるのは完全版じゃないかも↓

すすめ!!パイレーツ 完全版 (1) Book すすめ!!パイレーツ 完全版 (1)

著者:江口 寿史
販売元:小学館クリエイティブ
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原ちゃんが!!

原辰徳巨人軍監督が、WBCの監督要請を受諾した(デイリー 速報参照

頼まれると断れない原ちゃん。というのは実に勝手なイメージだが。

彼を現す形容詞って、いっつも「さわやか」ばっかしやん。本当にさわやかだからしょうがないけど。

さわやかな原辰徳のCMと言えば、現役時代のこの2本。

「パラショック」のCMを原ちゃんがやってたのか。洒落っぽいネーミングのグラブだな。なんとなく記憶にあるのは岩崎宏美と出ていたスバルレオーネの方。この二人は同い年で、今年50歳。

原ちゃんって、何時も大きな眼に涙をためているような気がする。

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これは95年の選手引退の時の写真集なのだが、その中で亡くなった藤田元司氏が「人間的に誰からも信用される存在だった」「争いごとを嫌い、悪口を言わない」「他人を思いやれる思慮深さがありますから、まさにチームリーダーにはうってつけの存在」と書いている。

これだけ読めば、監督にも向いている性格だ。

勝てば官軍のこの世界で、もし北京五輪みたいなことになったら、また叩かれてしまう。原ちゃんの大きな眼が、勝っても負けてもうるうるするのは避けられないにしても、負けて悔し泣く姿を想像しただけで女性ファンとしてツライ(爆)

とここまで書いて、やっぱし原ちゃんのことだから、頼まれると断りきれない、というだけでなく相当な覚悟で引き請けたのだろう、とも思うが。

あくまでも個人的な意見としては、現役の監督にこだわるなら、西武の渡辺久信、ナベQさんがよかった。今どきの選手がのびのびできる、という意味において。

たらればやもしもで語ってはいけないけど、もし王さんが病気でなかったら、或いは星野さんがやるといったら(絶対ないが)、もしも巨人が13ゲームひっくり返したりCSで勝たなかったら・・・。万事ちょっとした積み重ねの結果がこれなんだな。

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10月26日放送「エチカの鏡」を見た。

初回の視聴率がひとけた台だったらしいけれど。(→9.4%)裏が「SCANDAL」ならしょうがないかなぁ。

追記:26日の視聴率は8.2%・・・深夜放送並みかテレ東並み・・・

で、感動の押し売りと思いつつもタモリが捨てがたく、つい「エチカの鏡」を見てしまった。

記憶に残りやすいエピソード3つで構成されているんだけれど

なぜか最も記憶に残ったのは「タモリが座位で小用をする(→要は座りション)理由」と「高畑淳子んちの子供は反抗期」という、どうでもいい話だった。おいらの高校は「倫理社会」は選択科目だったから、履修していない。「エチカ」は「倫理」という意味らしい。タモリはそこらじゅうに尿が飛び散るのは掃除する人に悪いから、という理由で座りションをする、ということを実にくそまじめな表情でOPから語ったのだ。だからどうした、と言えばそれまでだ。

最初のエピソードは作家・眉村卓「妻に捧げた1778話」だった。

妻に捧げた1778話 (新潮新書) Book 妻に捧げた1778話 (新潮新書)

著者:眉村 卓
販売元:新潮社
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がん宣告を受けた妻に、毎日1話書くなんて、とてもできない。亡くなった日の最後の行は「また一緒に暮らしましょう」だった。ちなみにこの本には、そのうちの19編が収録されている。おいらと同い年の菊池桃子ちゃんがナビゲートしていた。

眉村卓への入口と言えば「ねらわれた学園」だが、おいらは大人になって「なぞの転校生」と再会した。ミステリチャンネルで放送され、NHKで、確か出演者によるちょっとした同窓会をやったのだ。98年に新山千春主演(→ということは香川みどりを主役にしたな。観てないけれど)で映画化をしている。少年ドラマシリーズ、原作との差異についてはウィキ参照。そして図書館に頼みこんで奥の書庫から昭和50年代の原作本を出してきてもらって借りたことがある。

NHK少年ドラマシリーズ なぞの転校生 I DVD NHK少年ドラマシリーズ なぞの転校生 I

販売元:アミューズ・ビデオ
発売日:2001/04/27
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2番目に香椎由宇が出てきてカバの話になった。陸で生まれたカバが母カバと再会し、やがて水中で出産するまでのエピソードだった。しかし感動しつつも皆藤愛子が車の運転をあきらめた話のほうが印象に強かった。免許を取るまでの過程が自分に似ているからだ。

ラストは桑ポンフリークには嬉しい「12年目のキャッチボール」

おいらと同い年の羽田美智子が登場してナビゲートした。

クルスこと今来留主くんは、PLで桑田真澄とバッテリーを組み、大洋(当時)→西武と渡った後、現在は信濃グランセローズのGMから木田勇の後をうけて監督になった。

028_2 1985年版「輝け甲子園の星」580円によると、その頃の今久留主くんは岡田有希子のファンで、趣味は「手形集め」とある。約束手形ではなさそうだ。

エチカでは、「彼はストライクを取るために(→投げたボールがグラブに吸い込まれる時、勢いよくパーンと音がすれば審判もストライクのコールを取りやすいのではないか、ということから)ミットの綿を抜いた。」エピソードが紹介された。キャッチャーの手は腫れあがる。ミットの綿には衝撃吸収の役割があるのだから、そりゃ当然だろう。

桑田真澄が肘のけがから復活する際、最初のキャッチボールの相手にクルスを指名した。

うん、聞いたことがある。野球は徐々にうまくなるわけではなく、ある日突然うまくなる、と桑田真澄が言っていた。坊主にそう言おう。

先日の弟・泉くんとのゴルフ対決番組でも、泉くんが「試合という字は試し合いと書く」と言っていた。練習で得た成果を(試合で)試す、そういう意味合いだ。これも坊主に言っとく。

そのエピソードも深いが、更に印象強かったのは関根勤が言った「柳沢慎吾は楽屋で面白いネタを披露しすぎて、本番になるとそうでもなくなる」という話だった。

この番組はいつまで続くのだろう。

茂木健一郎もいいことを言うのに、出てる人も悪くないのに、ネタが尽きてしまうのではないかという不安がよぎる。

なんというか「1分間の深イイ話」に「オーラの泉」を足して2で割ったような感じ。坊主の野球の引率に疲れ、寝る前に何の気なしに見ていたが、泣きそうで泣けないのは、出演者が無理して笑わそうとして、話が別方向に飛んでしまうことがあったりするせいかも。

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「昔のミセス」金井美恵子

図書館で借りたんだけど、改めて買い直そうかな。

子供のころ、洋裁をやっている伯母の家に行くと、必ず「ドレスメーキング」「装苑」「家庭画報」「ミセス」の4誌があった。自分は縫物や料理がものすごく苦手だったので、家庭科の裁縫の宿題となると必ず伯母の足踏みミシンを頼った。

手に取った瞬間、ふとその時のことを思い出した。

「ミセス」はファッションに限らず、料理もあったし、なにより、子供心にも美しいなと思うような写真がたくさん載っていた。

昔のミセス 昔のミセス

著者:金井 美恵子
販売元:幻戯書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

現在の「ミセス」価格は1000円。

自分が読んでいたのは70年代後期~80年代真ん中だが(伯母は86年に急死)、金井さんのこの本には、60年代のミセスの中から印象的な記事写真も登場する。だから高峰秀子さんがエッセイを連載していたことも読むまで知らなかった。

「エスプリによる啓蒙、あるいはおフランスざんす」

おフランスって(→相変わらず一発変換できるなぁ)どこかで聞いたことがあるな、と思ってたら、文中に突然イヤミが出てくるのだ。71年頃のグラビアページ「暮らしのエスプリ」(ファニー・ダルナ。文末に必ず「本誌パリ支局」記者が出て来るらしい)の特徴、及びフランス文化の比喩のひとつで、イヤミが登場するのだ。

なかなかゆっくり読む時間が取れないうちに返却期限が来てしまう。いつものことだ。返すのが惜しくなるのも毎度のこと。

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古本探訪:1974.12 別冊週刊読売 さらば栄光の背番号3 長島茂雄

1974年10月14日が、長嶋茂雄の引退の日なので。

またまた実家から無理やりもらってきた。

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正確には「1974-12 別冊週刊読売 特集 さらば栄光の背番号3 長島茂雄 長島茂雄のすべて カラー・モノクロ96ページ」当時の価格で700円。

どうやら懸賞があったらしい。

学校推薦者には特製グローブ進呈。長島選手の御好意によるものです。「永久保存・展示」を条件としますから、読者が指定する学校・公民館などの公共施設に限り贈呈させていただきます。となっている。

愛用ユニホーム:ジャイアンツ野球帽、ニットユニホーム、カシミア地エクスランアンダーシャツ、幅広ベルト、特注ストレッチングアンダーストッキング アディダスMVPスパイクシューズ。

どこの学校へ、或いは公共施設に飾られているのだろうか。昭和50年2月28日到着分締切、となっているので、それ以降、日本のどこかにあるのだ。無事であるなら見たいなぁ。

バット賞 トネリコAAバット(長嶋選手愛用)5名 Aバット45名 合板バット5名

他にもサインボール、色紙、グローブ賞・・・とある。

当時の広告。

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日テレの「太陽にほえろ!」及び「NISSAN チェリーF-Ⅱ」

「太陽にほえろ」見にくいけれど、長さん、ゴリさん、テキサス、ボス、山さん、殿下です。うう 、この中だと2人鬼籍に入られました。歴代刑事で亡くなられたのは他にもスコッチ、ブルースがいます。

秋吉久美子って人気あったんだなぁ。。いや、「久美子」といやぁ我々の世代じゃ大場さんだし。とはいえ秋吉久美子の映画はよく観ていた。「赤ちょうちん」とか「バージンブルース」だの。

このころ原辰徳は高校生。今は最優秀監督なんだが。うわ、もう50歳か。

この本のなかで面白かったのは「長島茂雄を冷凍人間にしちゃおう」という座談会記事。メンバーは滝田ゆう(漫画家)、中山律子(りつこさん♪プロボウラー)、岡本愛彦(劇作家。「私は貝になりたい」)、八切止夫(作家)の各氏。要は現役を辞めても、解説者や監督なんかになってもらいたくない。花の盛りのまま、長嶋選手を凍結する。。。というファン代表の思いが書かれてあるもの。そして記事中にも「新興宗教の教祖様みたいなものですね。長島教・・・」なるフレーズが出てくるし。でもさ、あの人が監督にも解説者にもならない人生なんて想像できないや。って結果論にすぎないかもしれないけど。

ここでデーブ大久保の話をいきなり持ち出すのもなんなんだけど、巨人時代にあのキャラだったかな。ボカチカと「BITCH!」「なにコラ!こっち来い!」でしょ。んん、彼に品を求めるのもなんだかなぁ、なんだが。ほんと太りすぎだよ。ベンチから飛び出そうとして肉離れだし、まだ炭酸飲んでんじゃないの。巨人のころだって太りすぎでひざ痛めただろ。

34年前の本、なかなか読み応えがある。ただ父親が、自分の所有物とばかりにバンバンシャチハタ押しまくっているのもどうかと思う。

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古本探訪: 月刊誌「スタア」 75年7月号 マガジンハウス その1

誰かこの雑誌覚えてないかなぁ↓

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「スタアの顔・昭和の50年」昭和40年代後半の代表として、載ったジュリーだす。

実家から持って帰ってきたんだけど。母(当時34歳)が定期購読してました。どの年齢層によく読まれていたのかな。

ネット検索してもあんまりヒットしないのね。ブログのネタにしている人となると全然いない。探しようが悪いのか。

一応表紙の上っかわに「家族そろって楽しめるファミリーな新・娯楽誌」とキャッチ。

求める理想の男は①ジュリー②ショーケン③草刈(正雄)だった時代。

それにしてもどこから感想書こうかって言うくらい読み応えありだな。昭和50年当時の値段は450円。ところが2か月後には380円に値下げしている。今に換算するといくらか。74年創刊で、おいらの記憶だと76年~77年あたりまでは母も購読していたもよう。

事件 沢田研二とそのファン この10年、ジュリーは社会風俗にどんな変化を与えたか

タイガースを解散後にPYGを結成した71年に、ジュリーが日比谷野音でヤジに耐えた、っていうエピソードなど、結構興味深い記事だす。それにしても「ジュリーファンから沢田教信者に」って見出しは一体。しかも「レコ大を取れなかった」(→73年)といって、自殺するファンまでいたのにゃおんどろいた。

それから、インタビュー嫌いなのでほとんど周囲の証言のみで構成された露口茂(山さん)特集「高所恐怖症で飛行機が大嫌いなので、太陽にほえろ!の九州ロケでは彼の出演場面だけを東京でのシーンに切り替えた」とある。

この当時はおいらも7,8歳だったので、大原麗子の初婚の相手が渡瀬恒彦だってことは全然知らなかった。というかこの本読んで今初めて知った。

芸人の”定義”が約33年前と今とでは若干異なるようで。昭和50年頃の芸人、とはマチャアキや林家三平、萩本欽ちゃんや坂上二郎さんを指すらしい。今だとレッドカーペットに出てくるようなあくまでも「お笑い」を言うんだと思うのだが違うか。

子供心にもいかがなものかと思った顔つき。西川峰子(当時17歳)

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今見てもなんか変な顔、と思うのは自分だけかな。

この号についてはまたの機会に書こう。テレビがつまんないときにでも。

購読していた方がいらしたらコメント欄にてご一報ください??ヤフオクで浅野ゆう子の特集の載ったやつ売った人がいるようですが?

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心にいつも甲子園。

21日の午前中に、NHKで「心にいつも甲子園」があった。

桑田・清原の頃のPLの選手たちのその後をやっていた。(84~85年)

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それぞれはおいらの持っている「甲子園の恋人たち」84年~85年版の巻末「定期入れサイズ 夏のヒーロー」で、左から黒木泰典、今久留主成幸・清水哲各選手だ。

こういうのを切り抜いて、生徒手帳に挟んでた娘は多かったと思う。

高校時代、この本を人に貸したら、何人分か切り取られてしまった。返せ。

番組中では、特にこの3人のその後にスポットを当てていた。

黒木くんは3年生ばかりのPLチームから、桑田、清原とともに2年生でスタメン入り。その後社会人野球から外資系の営業マンになり、自らがヘッドハンティングして起業した。現在の顔つきって、彼だっ、と分かるまで少し時間がかかった。この写真にスーパーマリオのような髭が生えていた。

うちの坊主が野球をやってて、いつも思うのが「この子の野球人生のピークって、いったいいつなんだろう」ってこと。ずっと絶頂期なんてありえないし。

黒木くんが何人かの元球児と飲んでるシーンがあった。なんか面影あるのがいたが、たぶん清水孝悦くんと北口正光くんじゃ・・・。

自分は女子高だったんで、野球部のある共学に行かなかったことを悔やんでいる。だからこんなのを見ると、彼らと疑似同窓会をしているような気分になる。

今久留主くんは現在、信濃グランセローズのGMだ。

ちょっと勘違いをしていた。彼はずっと中山裕章と同期で大洋(当時)に入団したと思ってたけど、実際は89年に佐々木主浩(1位)や東瀬(2位)、平塚(3位)とともに4位で入団(ウィキ参照)。

先ごろ亡くなった石田文樹さんからホームランを打ったのは清水哲さん。この中では訃報に触れずじまいだったが、いったいいつ収録したのだろう。打たれた石田さんの背中が映ったが、今となっては悲しすぎる。清水さんは何年か前、おいらの街に講演に来られた。KKコンビに電動車いすをプレゼントされ、それから少しづつ世界が広がったそうだ。人生において「最後まであきらめない」ことを彼が教えてくれた。ヘルパー派遣をするNPO法人を立ち上げたらしい。

球児たちのその後って、30歳を過ぎたあたりでこうやって企画してくれるといいね。

40歳以上を取り上げると、人生の難しさも知る頃なんで、更に面白い。

今地区予選とルーキーズと子供の野球とプロ野球で、すっかり野球三昧な夏。来月は坊主の遠征もある。なぜこんなに野球が好きなんだろう。球音を聞くとわくわくする。

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ムーミンだにのすいせい。

Moomin うちにある一番古い絵本は「ムーミンだにのすいせい」

←表紙の写真をよくよく見ると「カラーテレビ版 ムーミン名作絵ばなし」とある。カバーもついて、1970年5月12日初版、440円だ。

すんません。そのカバーにはあちこちにシールが貼ってあります。「ひょっこりひょうたん島」とかオバQとか。

大彗星(→おそらくハレー彗星)が、夜8時40分に地球にぶつかるかもしれないので、ニョロニョロが集団で逃げ出したり、ムーミン谷の住人に動揺が走るのですが。

おさびしやまのヘムレンさんだけは天文台に残ろうとするのですね。

ムーミンパパとママは、この日が銀婚式なのに・・・。

パパが「だいじょうぶだよ、ムーミン。じしんがきても、つなみがきても、すいせいがきても、あわてちゃだめだ。いちばんこわいのは、こういうときに、やさしいこころをうしなってしまうことさ。おちついていなさい。それに きょうは わたしと ママの ぎんこんしきのひじゃないか、ムーミン」と話しかける。

幼稚園の時に「よみきかせ」という形ではなく、たぶんひとりで読んだんだと思うし、アニメ版も見たような記憶があるのだが、当時はひたすら怖かった。

今改めて読んでみると、四川大地震の後だけに複雑な気分になる。

で、彗星が近付くまえに、パーティと紙芝居が始まるんだけど、パパのプロポーズの言葉がまたいいんですね。それをムーミンが読む。「きみは まんげつ、いざ。きみは、たいよう、いざ。とくにすばらしきは、きみが えくぼ。」

午後8時40分に彗星が近付く瞬間、スナフキンの弾き語りが始まって、なぜか彗星は地球にぶつからずに、物語は終わってしまう。

大人になって改めて読んでみたら、怖いだけじゃなくって考えさせられた。

追記:この記事を送信して約1時間後に、震度3の地震が来た。地震保険加入マンションだけあって前の家よりさほど揺れを感じなかったが、やはり落ち着かなかった。

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