カテゴリー「アニメ・コミック」の20件の記事

香取慎吾のこち亀が痛い。

SMAPのSoftbankのCMの方がよほどよかった。

とはいえ、多分、小学生の大半にはウケたと思う。

この気持ちは「西遊記」以来。

どうして最近のドラマはこうも痛いのか。

ドラマは21時過ぎに終わって、気がついたらタケちゃんと安住さんの番組に変わっていた。ものすごい中途半端な終わり方。往年の地上波のプロ野球中継みたい。

小学6年の坊主が、慎吾ちゃんの演技を見て一言。

「キーボードクラッシャーみたい」

(→そんなもん見せる我々親もどうかと思うが)

大人から見てしょうもなくても、遠征続きで週末は留守がちなので、録画をしていかなくちゃいけない。

冒頭のタケちゃんとの絡みは、昔の「月曜ドラマランド」を思い起こさせる。

が、なぜか、慎吾ちゃんが、両さんじゃなくて、バカボンのおまわりに見えてくる。

速水もこみちの中川、伊武雅刀の大原巡査部長はぎりぎり適役としても、麗子さんは香里奈でいいのか。なんか他のキャラに負けてるような気がする。

・・・でももう始まっちゃったもんなぁ。

アニメでやめときゃよかったのに。

そっか。

ドラマだと思うからいけないんだっ。

カックラキンのゴロンボ刑事・・・違うか。

まぁ、バラエティ番組の一環としてお楽しみくだされ。

補足(8月4日):キムタクのドラマより視聴率がないのは(→12%かそこらだったんでしょ)、当たり前なんだよ。その後うちの坊主に、「香取慎吾でなかったら誰が両さんやるの」と聞いたら、「ぐっさん!」と即答した。ラサールが固辞したんなら、ぐっさんだったらよかったなぁ。きっとあそこまで過剰な演技してないと思うぞ。旦那はコミックやコンビニで売られている「こち亀」も欠かさず買ってるマニアなんだけど、ドラマ見ながら途中でうたた寝してたし。しょうがねぇなぁまったく(^^ゞ

たのむから「ヤマト」まで実写化しないでほしい。いやSMAPは好きなのよほんとに。石破サンがヤマト大好きなんでしょ。JコムのCM、ファミリー劇場だったかな・・・で熱く語ってるやつ見たぞ。もし実写化したらこのおっさんが黙っちゃいないだろうね(笑)

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三日月情話とみなしごハッチ。

今日(7月7日)、ファミリー劇場の「三日月情話」が最終回を迎えた。

最終回で「常世の国の思想」について語る先生と、藤田弓子(克子)と水上竜子(律子)のシーンは、教育番組を見ているようで。騎馬民族云々の書物の紹介まであるからなぁ。

この作品は1976年に日本現代企画が企画し、東海テレビで昼メロの時間帯に放送された。2002年においらの家はJコムに加入したが、朝7時ごろのくそ忙しい時間帯に流れていたのが「三日月情話」だった。日本現代企画は円谷プロから派生したのだそうな。

76年といえば小学3年ぐらいだったので、リアルタイムでの記憶はない。

で、先月からまた放送され始めたが、いろいろ調べるうちに、ネット上には隠れファンがいることを知った。「三日月情話」」でブログ検索、またはウェブ検索のこと。

どうも当時の番組は倫理上の問題があって、今地上波で再放送することは不可能に近いらしい。藤田弓子の主題歌「ためらいの明日:石坂浩二作詞」オープニングシーンからして、親と一緒に見られるドラマじゃなさそうだ。

「竜宮城へ行く」と言って配偶者が姿を消したら、つか、「行く」と言った時点で、普通は引き留めやしないだろうか?それじゃドラマは成り立たぬが。

トメ役は村田知栄子。(「ちえこ」の部分だけで何度も改名。95年没。晩年の作品は超人戦隊ジェットマン第7話。)彼女や浦辺粂子のように、ドラマでおばば役のできる女優さんが、今は居なくなった。舞台女優さんにはいると思うが、いまいち思いつかない。

そして明日からのファミ劇は「渚より愛をこめて」

確か福引でハワイ旅行を当てた主婦(桜田千枝子、94年頃没)がとんでもない目にあうドラマだったんじゃ・・・W不倫だったんじゃなかったっけ?これも何年か前に見たとき、もう再放送はないって聞いたような気がしたんだけど。DVD化は倫理上不可能だそうね。倫理倫理ってうるせーな。かの「あかんたれ」の前に放送されていたドラマ。76年作品。

いきなり関係ない話で恐縮だが、最近見つけたチロルチョコは「みなしごハッチ

さて、そのチロルチョコはハッチにちなんで8個入りで、ハニートースト味とヨーグルトはちみつ味が半々。

「巨人の星」のチロルチョコは見かけたが「みなしごハッチ」は初めて見た。「みなしご」の意味を知らない小学生が近年増えているのはさびしい限りだが。

主題歌はしまざき由理が歌っていた。(youtube参照

そうそう、その最終回でおかんとハッチが再会するんだけど、おいらの妹が号泣した。その傍らでおいらはずっと「・・・似てない・・・おかんのほうが美人や・・・なんでやろ」という疑問がぬぐい去れなくて困った。でもバカボンちだって、ママとハジメは似ているが、バカボンは典型的なパパ顔である。

チロルチョコはおいしかった。

その後「みつばちマーヤの冒険」が放送された。歌は水前寺清子(参照)。おいらはハッチよりこっちが好きだった。

70年代の作品を見ようと思ったら、地上波じゃ少ない。このところ裕次郎作品は流れているようだけど、やっぱりJコムかなぁ。

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大山のぶ代の「徹子の部屋」。

過去の徹子の部屋はこんな感じだった↓

まだドラちゃんをやっているときですね。

大山のぶ代さんが昨年の4月に脳梗塞になっていたとは知らなかった。アルカノイドのしすぎとは無関係。時期に彼女と同い年のうちの父も同じ病気にかかった(→現在は回復)。

9キロ痩せて、やや小顔になって、旦那の砂川啓介さんと登場した。旦那さんは昔お昼のワイドショー番組をやってなかったっけ。

心臓付近にできた血栓のかけらが脳に移動したものらしい。

新聞社には「心筋梗塞」とだけ告げたそうな。

入院していた2か月の記憶、といってもほとんどなく、お医者さんを蹴っ飛ばしたことぐらいしか覚えがないらしい。そういやうちの父も最初の病院に入っていた時のことは覚えがない。父は12キロ痩せた。しかも足し算引き算が全然だめだったり管を自分でとっちゃったりしたのも共通している。

大山のぶ代、といえば「ドラえもん」のほかにも、おいらはその世代じゃないが「ハリスの旋風」「ブーフーウー」。79年再スタート時は坊主とおなじ6年生だったおいらは「ドラえもん」といえばやっぱ大山さんだな。しかし今の小学校低学年には水田わさびなんだ。

徹子さんってこんなに同じこと何回も言う人だったっけ?文春の最新号にも「若手芸人がおびえる 黒柳徹子のむちゃぶり」ってあるし。芸人のみならずほかのゲストとの噛み合わなさって確かにある。ちなみにそこに載っているエド・はるみは、テレビから消えかかるとはねトびで弁当作ったりこの裏のスタジオパークにも出たりしてるからなぁ。まぁもう面白くないですな。よしもとお笑いEXPO福岡にも出るみたいだけど、ワンフレ芸人だし。三瓶もだいたひかるも福岡には来ないんだ今年。

話がそれた。

徹子「あなたが偉いと思うのはね」でブツッと切れてCM挟むのか。

発見が早ければ回復も早いけれど。

父と同じようにリハビリしてるんだね今も。

1964年の結婚式の写真が出た。当時砂川さんは「結婚したい男性」であり「体操のお兄さん」だったわけで。おいら生まれてないから分んない。

もう大山のぶ代はアニメ出演やんないのかなぁ。単発とか。

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がきデカとすすめ!!パイレーツ・ギャグは爆発する。 

マンガ50年 ギャグは爆発する 

昨日(2月17日)、読売新聞の文化欄で始まった連載だが、早朝から坊主と吹いてしまった。

二人の眼に飛び込んできたのは、こまわり君の「死刑!!」だった。

真面目な記事のなかで、例のポーズが浮いている。

このポーズを、麻生太郎や中川昭一に捧げたい。捧げてどうする。麻生さんが悪乗りしたらどうする。しそうだ。

連載第2章、らしい。

「がきデカ」は1974年にチャンピオンでスタートしたが、おいらが初めて読んだのは76年頃。叔父が電車内に落ちていた単行本をくれた。当時は「キャンディ・キャンディ」が全盛だったが、自分は女子なのに、小3にしてもう飽き始めていた。だから一気に「がきデカ」にハマってしまったのだ。

連載開始からひと月後、駅の売店で10分で売り切れた「チャンピオン」

さっきアニメ版を初めて観た。なんか声がちが~う!!これってほんまに三ツ矢雄二かい。(youtube参照

自分の欲しいのは「中春こまわり君」坊主は「がきデカ THE BEST」

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今日(18日)の本欄は、江口寿史「すすめ!!パイレーツ」

当時小学6年だったが、卒業文集や寄せ書きのイラストは、これと「マカロニほうれん荘」を描く子がちらほらいた。

009 ←95年にこんなんが出たので、5巻全巻買いそろえた。小学生の頃は人に借りたりしていたから、全部持っていなかった。

野球がここまでギャグになるのが新鮮だし(そりゃ過去にもあったかもしれないが)、なにより出てくる女の子たちが綺麗でおしゃれだった。

でも「毎週テンションを上げ続けてへとへとになり、次々新しいものをという強迫観念で自家中毒みたいに疲弊していくよう」だったとは。

それってギャグ漫画家のみならず今のお笑い芸人さんもそういうのが多いかも。

犬井なんか好きだったな。あと粳寅満次。

今夜のおかずはフジっ子煮・・・

記事を読んで30年ぶりに鴨川つばめのその後を知った。一時、対人恐怖症になり職を転々・・とある。

いまやこんなのもでてるのね。んじゃあたしの持ってるのは完全版じゃないかも↓

すすめ!!パイレーツ 完全版 (1) Book すすめ!!パイレーツ 完全版 (1)

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バカボンのパパにバイバイなのだ。

今朝のニュースで赤塚不二夫の訃報を知った。

わしも記帳に行きたかったのだ(参照

以前も「天才バカボン40周年記念」(記事参照)や「ハイビジョン特集・赤塚不二夫なのだ!」(記事参照)というブログを書いた。特に後者は、忘れた頃に地上波で放送されたせいか、当初よりも結構まとまったアクセスになった。

しかし何度も言うようだが父と同い年だぜ。もうすぐ73歳になるとこだったんだから。

読売の3日付は1面及び三面記事にでかでかと、まるで人間国宝の死亡記事扱いだった。そっか、10年前に紫綬褒章取ったからこんなに大きく載るのか。子供のころ、縁日で売られていたバカボンのパパのお面を買った記憶がある。パパとハジメはあったのになぜママとバカボンは売ってなかったのだろう。きりがないからか。

6年間植物状態だと知った時から、いつこうなってもよいように覚悟していた気持ちと、ある日突然「シェ~」っと復活しないかな、という淡い期待を両方持っていた。

数多い赤塚作品でも一番好きなのは、誰が何といおうとも「天才バカボン」

正確にはバカボンのパパが好きなのだ。どんな堅物のハゲおっさんでも、気持ちのどこかにバカボンのパパ的要素はあるんじゃないか、と思えてくる。なんだっけ、「佐藤紅茶をタイホする」のむちゃくちゃさや、学習机のイスで坂道をすべるシーンなんかが忘れられなかったりするし。声優はやっぱり雨森雅司か富田耕生だな。

なになに、「41歳の春なのだ」がトリビュートアルバムとして9月24日に発売!!これを形見にしろと言うのか(泣)(→日刊スポーツ参照)

彼の人生、これでいいのだ。

でも、

やっぱり悲しいのだ。寂しいのだ。

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ムーミンだにのすいせい。

Moomin うちにある一番古い絵本は「ムーミンだにのすいせい」

←表紙の写真をよくよく見ると「カラーテレビ版 ムーミン名作絵ばなし」とある。カバーもついて、1970年5月12日初版、440円だ。

すんません。そのカバーにはあちこちにシールが貼ってあります。「ひょっこりひょうたん島」とかオバQとか。

大彗星(→おそらくハレー彗星)が、夜8時40分に地球にぶつかるかもしれないので、ニョロニョロが集団で逃げ出したり、ムーミン谷の住人に動揺が走るのですが。

おさびしやまのヘムレンさんだけは天文台に残ろうとするのですね。

ムーミンパパとママは、この日が銀婚式なのに・・・。

パパが「だいじょうぶだよ、ムーミン。じしんがきても、つなみがきても、すいせいがきても、あわてちゃだめだ。いちばんこわいのは、こういうときに、やさしいこころをうしなってしまうことさ。おちついていなさい。それに きょうは わたしと ママの ぎんこんしきのひじゃないか、ムーミン」と話しかける。

幼稚園の時に「よみきかせ」という形ではなく、たぶんひとりで読んだんだと思うし、アニメ版も見たような記憶があるのだが、当時はひたすら怖かった。

今改めて読んでみると、四川大地震の後だけに複雑な気分になる。

で、彗星が近付くまえに、パーティと紙芝居が始まるんだけど、パパのプロポーズの言葉がまたいいんですね。それをムーミンが読む。「きみは まんげつ、いざ。きみは、たいよう、いざ。とくにすばらしきは、きみが えくぼ。」

午後8時40分に彗星が近付く瞬間、スナフキンの弾き語りが始まって、なぜか彗星は地球にぶつからずに、物語は終わってしまう。

大人になって改めて読んでみたら、怖いだけじゃなくって考えさせられた。

追記:この記事を送信して約1時間後に、震度3の地震が来た。地震保険加入マンションだけあって前の家よりさほど揺れを感じなかったが、やはり落ち着かなかった。

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続々・大胆MAPと声優さん

うう・・・これについて書くのは今回でおしまいにしよう・・・。

飽きた。

つかみが「タッチ」の松平孝太郎(つまりは林家正蔵)ヤマ場(8時台トップ)が現在のドラえもんメンバー(→例えば書籍「ぼくドラ」や「ドラことば」等で全員ちょこちょこ出てまさぁね。4月25日リニューアルスタートの番宣と思う)、「もう一度見たい・・」で槐柳二さんとかがまた出てきた。締めは声優業を引退した仲村秀生さん(力石徹)が浜口に根負けして顔出しするところで終わった。

他にもコアな脇役の声優さんが(ドラゴンボール数名やらタッチの原田正平の声やら(→銀河万丈さん)出まくった。

話を林家正蔵に戻す。彼は「ハッチポッチ」でもわかるように声優としても確かに非凡な才能があるなぁ、と思う。しかし今更見たいかな・・・というとちょこっと疑問が残る。

懐かしかったのは松島みのり。といえば我々には「キャンディキャンディ」なのだが、よもやうちの母と同い年とは思わなかった。しかしようく思い起こせば「キャンディキャンディ」はアニメ化が30年以上前なので、67歳でも当然か。イメージとしては大阪のおばちゃんぽかった。

富永み~なとか野沢雅子って何度も見たことなかったっけ??

野沢さんは大山のぶ代さんとうたばんに出てたじゃん。

この番組、結構声優さんに嫌がられてないかな。と、今頃気づいたりして。遅いw

白石冬美さんは「星の子チョビン」でありもっと年上の人だと「パックインミュージック」なのだが多分交渉は成立しないだろうと思っていた。やっぱしそうだった。

芸人とのコラボはもういいかな。てか品川にしても他にしてもカメラいっぱいの顔面アップは耐えられないものがあり「このキャラの声優さんをリクエストした●●」と、木下優樹菜や山咲トオルらの面々写真を枠の隅に出すのは、昔の芸能人水泳大会の円内歌手みたいでなんだか・・・。交渉上手なのは柳原可奈子だけか。

この企画はまたあるのか。

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とことん!最終夜!V3!

V3を約34年ぶりに観られた安堵感で、つい眠ってしまい、気がついたら午前3時20分だった・・・。

それもこれも「オールスター大感謝祭」がいけない。いつ見てもかけっこばかりをしている、あの映像が悪い。同じ日に5時間半もやるなよ~。東国原知事に勝たしてやれよ森脇健児。

この日の松村邦洋はどっちに出てたんだろう。感謝祭にいたのかな。だとしたら断腸の思いでBSの仕事断ったんかな。だって宮内洋さんと飲んだって言ってたじゃん。いてほしかったよね。やっぱり同じ山口県内でもテレビ事情が違うってことは「星の子チョビン」ではっきり分かった。あれは県西部ではちゃんと夜7時台(7時半だったかな)にやってて、ドッグフードのCMとともにちゃんと覚えてるけど、田布施のあたりは早朝の再放送だったらしい。

前ふりが長くなったが、仮面ライダーV3。

我々の年代(昭和40~43年生まれ)にとって、「仮面ライダー」ごっこというとV3まで。じゃなかろうか。OPの記憶はなぜか2号ではなく1号、そしてぶいすりゃ~。自分は人質役。

赤い赤い 赤い仮面のV3 ダブルタイフーン 命のベルト(→当時「命をかけて」だと思ってた)力と技の風車が回る 父よ 母よ 妹よ (中略)敵は地獄のデストロン 闘え 正義の仮面ライダーV3…♪(歌唱 宮内洋氏)

49話と51話を完全放送し、なおかつ当時読んだことのなかったぼくらマガジンを画面上で読めたのは収穫だった。「ぼくら」は買ったことがなかった。小さな街の本屋に置いてあったかどうかもわからない。お恥ずかしながら2号がショッカーだとはこの年になるまで知らなかったのよ。いかに戦うシーンしか覚えてないかってことだ。旦那はスカイライダー(村上弘明、必殺の花屋の政)まではストーリーを把握していたのでゲストの女の人以上にうざい解説を隣でぶつぶつ言っていた。そう、彼は感謝祭の途中でチャンネルを替えたことに対して激怒していたのだ。

49話で宮内洋がギターをつまびき、改造人間ゆえに弦が切れるシーンがある。この悔しさがのちのズバットへの伏線か、といっては深読みか。

で、51話はざっと見ライダーマンって自爆したの?49年ごろといえば小学1年生で、どうもこのあたりの記憶がないのだ。OPに対しエンディングの歌の記憶も全くと言っていいほど欠如してるし・・・。

アシスタントはこの日の時東ぁみがいちばんうまかった。

旦那が子供のころ、アマゾンに激似の同級生が住んでいたらしい。ってどこの国の人?

宮内洋さんがお元気そうで何よりでした。「ヒーロー番組は教育番組」そうですね。それから、半田くんもよかった。欲を言うならこの場に佐々木剛氏がいればなぁ。

松井秀喜はV3放送当時に生まれたんですね・・・。

この番組感想を書き始めて、読み応えのあるトラックバックを送ってくださった皆様、ありがとうございました。この場を借りて感謝いたします。トラバと言うといまいちスパムなイメージがぬぐえず、またそのしくみもよくわからなかったのですが、お陰様でブログの醍醐味を知りつつあります。

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とことん!ズバット参上!

昨日「特撮ヒーロー作戦!」ツバサ様よりトラックバックしていただいたら、おかげさまでアクセスが更新当日よりもぐゎ~っと増えて驚きました。非常に嬉しかった。重ねて御礼申し上げます。(参照happy01

欲を言うならパリーグ開幕前に放送していただきたかった(泣)weep

昨日は20時40分付近でホークス戦が終わった(やったぜ大隣!baseball)と思ったら、坊主がディズニーチャンネルを見たので「ゴレンジャー」は見られなかった。が、松村邦洋のトークは相変わらず秀逸。出演者の誰もが触れなかったが(当然っちゃ当然だろう)キレンジャーの畠山麦さんは自殺していた。いい大人になって、うちでPCいじり始めてから知った。キレンジャーのイメージを払しょくしたかった故悩みが多かったのか。

長くなったがここから本題の「快傑ズバット」(youtubeで確かめたら「怪」じゃなかった)

当時は自分も松村邦洋も山口県の小学4年生。華丸大吉も福岡県の小学生(若干年下と思われる)。確かにズバットは再放送の記憶が薄いし、(ゴレンジャーやジャッカー電撃隊、バトルフィーバーJに比べてズバットはこの地域では不人気だったかも)4年生ぐらいというと特撮に一旦飽きる頃のような気がする。現に昨日うちの坊主(小4)に「おかーさん、ロボコンとかゴレンジャーとかうるさいけど、どこがおもろいん?」と問われたとき、布団ごと蹴りいれようかと思ったが。要はアニメは見るがかぶり物系は恥ずかしいなどとほざくのだ。

自分もズバットはテレビ西日本でやってるのを父親(当時41歳)と見たのだが、2、3回で見るのをやめちゃったような記憶がある。理由は、父に「V3はいつからギターを持った渡り鳥になったんかw腹抱えて笑うでよ」と毎回毎回笑われたせいでなんとなく恥ずかしくなったからである。30年以上経った今自分の子に呆れられる40歳ってのも大して成長してないな(爆)

でも40歳で暗い部屋でズバットと再会したとき、感動というよりはやはり「腹抱えて笑うでよ」状態に陥ってしまい、旦那に「病院行くか」とたしなめられた。

あれは土曜ワイド劇場のような骨子だ。親友の「飛鳥五郎」を殺されたズバットが全国行脚で犯罪組織のダッカーと闘う話。だがむっちゃ気障。小道具であるギターはTVジョッキーの奇人変人かなにかの頂き物なのか。ああ、あれは白いギターだから違うねwそういや主題歌の中ではギターでなく三味線が多用されているのはなぜか。昨日は最終話が完全放送されたが、東映チャンネル加入者(おそらくかなり前に放送されているはず)って変な気分にならなかったかな。

今だから言えるのだが、シルベールを巡っての荒唐無稽なストーリー展開は、もう1回見ないとわけわかんない。酔っ払って観てると「いつの間にシルベールで防弾服作ったんだろ」とか、作り方を書いた紙を2人で半分づつ持っているはずが片方風に飛ばされているのに、だの、最大の矛盾は「あれほど岩場に叩きつけられて(転落で)打ちどころ悪く、おまけに銃弾バンバン撃ち込まれてるはずのズバットが、結構しゃんとアクションシーンをこなしている」点か。いかん大人の汚れた目線で観ちゃ。酔いが醒める頃には早川健が墓参りを済ませていた。ところで10話あたり、石ノ森氏ご本人が出演されてるそうだけど、それも見たかったな証拠映像。

エンディングで記憶がまたまた甦った。「男はひとり道を行く」歌詞がすばらしい。もしやマンダムの「男の世界」にインスパイアされたか。と勝手に書いちゃいけん。

唐沢俊一さんの声は、顔を観ないで聞くと中尾彬っぽい。この特集は、どの日も出演者がすごくよくて、トーク部分だけでもポッドキャストあたりでもう一回聴いてみたい。それから、視聴者のFAXイラスト紹介もすんごくいい。久しぶりにFAX機能の良さを見直したぞい。

ポワトリンの頃、自分も短い間だが上京して新宿界隈にいた。ので見ていない。柴田理恵もバブリーメイクでしたな。

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とことん!石ノ森章太郎!仮面ライダー!

7夜、30時間もあるのか。生きていてよかったな・・・(NHK HP 参照

で、「仮面ライダー第1話 怪奇!蜘蛛男」→まさかBSで完全放送してくれるとは思わなかった。東映チャンネルならわかるけど、縁もゆかりもなさそうなBSでやるんだもん。受信料払っててよかったぜ。40歳になった今、初めて知ったのは、蜘蛛男の声が槐柳二(さいかちりゅうじ)さんだってこと。昔リアルタイムで見た時はもっと映像が暗くて怖かったが、デジタルリマスター版はおどろおどろしさが半減している。それにしても如何にも純情そうな島田楊子、中田喜子。山本リンダの登場シーンも見たかったって言ったらよくばりか。

記憶の底に眠っているのは、蜘蛛男以外ならハチ女(中学の担任に激似)、テレビ蝿。ライダーはバッタをモチーフにしたので、怪人も昆虫ぞろいで、おかげですっかり虫嫌いになってしまった。

自分の最も古い記憶は4歳で、街のホテルに初代仮面ライダーショーを見に行ったこと。当時は藤岡弘、が来ていると信じて疑わなかった(もちろん来なかった)。余談だがベストライダーはやはり1号。それからぶいすりゃ~、2号、BLACK。このごろ流行りのイケメンライダーには興味が湧かない。仮面ライダーはバタ臭くなくちゃ。これも最近まで知らなかったことだが「電撃ストラダ5」の岡崎徹って名前はどっかで聞いたなと思ってた。たら、その後アマゾンと化していた。アマゾンは気持ち悪かった・・・。(注:ストラダ5はチャンネルNECOでやってたものをときどき見ていて気がついた。リアルタイムでは見ていない)

失われた記憶が甦ったのは藤浩一名義のエンディング及び弘、のOPを聴けた瞬間。

アクションの基礎を仮面ライダーで教わったんだね弘、。ところで松村邦洋と自分は同じ県内育ち(しかも同い年)だが、当時山口県では「仮面ライダー」は1週遅れ放送かなんかだったのか?テレビランドを買ってもらえなかったから定かじゃないが、松村君が予習して見ていたということは何週かずれてたのか??うちは「たのしい幼稚園」ふろくの変身ベルトなら作ってもらったっけ。

再現ドラマで石ノ森さんの若いころを演じていたのは誰なんだろ。気になるなぁ。

第4話「人喰いサラセニアン」もノーカットで放送されたにゃ。これは今見ても怖い。まさに怪奇アクション。改造人間であるが故の葛藤も描かれていてなかなか奥が深い。「俺は子供もあやせないのか」ってね。共同脚本で市川森一の名前があった。

現在は歳を取ってしまって違う仕事に就いているが、昔むかし従兄弟はショッカーのバイトをやっていた。高校球児→ショッカーというあまりの転身ぶりにとまどった。だからかどうか、子供のころからウルトラマンか仮面ライダーか選べと言われたら、仮面ライダーと即答してしまう(ウルトラマンが嫌いなわけじゃない)。3分でピコピコ悶えるより、バイクで勝ち逃げするライダーのほうがかっこいい気がするのだ。身内が元悪役とは複雑な気分。

それにしても昭和46、7年って緑が多いし、車も少ないな。イソギンジャガーの毒水を食らえってアアタ。。。

小林昭二さん、及び作者である石ノ森さんが故人なのは言うまでもなく寂しい。仮に同窓会したとしても全員揃わないから。。。

今日(2日目)はイナズマン?キカイダー?キカイダーは読むには読んだが仮面ライダーほどには思い入れがないか。待てよ、見たらまた記憶がずるずる戻るかも。

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