« サワコの朝 佐藤浩市:三國連太郎、原田芳雄の話。 | トップページ | 【感想・抜粋】今夜も生でさだまさしスペシャル~朝まで生で音楽会2014 »

怒り新党・山本和範のここ一番の不死鳥ぶり。カズ山本!

そういえば今何やってんだろう、カズ山本。
お元気そうでなにより。丸くなりましたな。↓

●山本和範とは。
投手として入団するも一塁へ、でもそれも失格で外野手に転向。
(←投手をクビになった理由:忘れ物を届けに行ったら、
酔っ払った仰木コーチに「投手はクビや!」と言われた)

高校生の頃の顔が清原以上に怖かった。
生まれつき右耳が難聴なのは知らなかった。
「仲間の掛け声や打球音が聞こえないのにプレーできるのか」
野球の時に耳のせいにはしたくない、ハンデやない!関係ないんや!と
努力を続けたが、芽が出ず近鉄を解雇になる。
「耳が悪くては外野の球を追えない」と烙印を押される。
久保紹介のバッティングセンターで働きながら練習していたところ
南海の監督(当時)の穴吹さんに「うちへ来なはれ」と声をかけられる。
強肩を生かした守備。

1985.5.23 近鉄対南海。
・盟友久保から先制ホームラン。
・満塁ホームラン。
・結局3本塁打7打点。
近鉄では6年間で1本だったのが、古巣相手に連発。
その年全試合出場。
1996年オールスター戦。
95年5月、フェンスにぶつかり右肩を負傷。
「契約したいならしてやるが、君はいらない」と球団代表に言われ自由契約。
(←当時誰だったっけ。思い出せない)
2軍時代を知る佐々木恭介監督に「あいつは若手の手本になる」
ご本人は「僕がレギュラーになるってことは、近鉄に未来はないです
20年目にして初のファン投票3位選出。

そういえばホームラン取り消しなんてのもあったっけ。参照
●99年9月30日 近鉄対ダイエー
41歳になった山本に声はかからなかった。
近鉄は、古巣ダイエー戦にだけ一軍登録。
投手篠原。
勝ち越しホームラン。参照

引退後このシーズンを思い出し「打率5割だったのに」と。
懐かしい。
時折「和範」って名前の子供を見ると
この人にあやかろうとしたのかなと思ってしまう。

« サワコの朝 佐藤浩市:三國連太郎、原田芳雄の話。 | トップページ | 【感想・抜粋】今夜も生でさだまさしスペシャル~朝まで生で音楽会2014 »

無料ブログはココログ