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徹子の部屋 酒井若菜 膠原病、向田邦子の話など

●板尾創路さんの一言


徹子:だいたい芸能人ってそうなんですよ。元気な時は別だけど、疾患の時はなんとなく皆に言わないで済めば言わないでいようってするじゃありませんか。お母様にお電話なすったって?
酒井:そうですね。私2回休業してるんですけど、その時にも母に全然言えなかった。   いかんせんリューマチで動きができない。ちょっとこれはさすがに実家に帰るかも知れない。頼るかも知れないと 黙ってられなくなって。どうしようかな、でも心配かけちゃうとなった時に板尾創路さんが親に心配かけてしまうかもしれないけど、話すことも親孝行だと思うよ」それが結構目からウロコだったんです。 心配かけちゃいけないって気持ちだったけど、確かにこのことをずっと親が知らなかったら、さらに傷つけてしまう日が来てしまう。って考えて、板尾さんの言葉を受けて、ちょっと母に話してみようと電話しました。
徹子:すぐお話できました?
酒井:もうどういう風に話そうかなって思ってたんですけど、電話がつながった途端に泣けてきちゃって
徹子:今までの我慢がね
酒井:母はなにか悟ったんでしょうね。母も何も話す前から泣き始めちゃって。ひとしきり泣いてから「実は今体調がちょっと」
徹子:離れてるとお母様心配なさるでしょうね
酒井:そうですね、いつでも帰ってらっしゃいと言っていましたし。「お母さんだって貯金あるんだよ。明日仕事やめてくるから、あなたのそばにずっと一緒にいるから」って。
徹子:ありがたいわね。そういう風に言ってくださる人いないもんね。
酒井:だから心配かけたって気持ちももちろんあるけど、そういう本音の会話を交わせたことが何よりも大きかったですね。
徹子:徐々によくおなりになったんなら、一旦はお帰りになったの?
酒井:会いには行きました。

 

●膠原病
徹子:徐々に医学が発達してるわね。
酒井:初めてかかった19歳の頃は、膠原病は不治の病、治療法はないと当時言われていて、先生に「治療薬が見つかるとしたら20年後かね」と言われてズキンと来ることもあったんですけど、今年36になるので まもなく20年になるので、全然希望はあると思ってます。 周りの方は板尾さんに限らず「全然希望がないわけじゃない」 最初抵抗があったんですけど、公表したら「公表してくれてよかった」今となっては良かったと。

向田邦子流魔法のインスタントラーメン
徹子:手早くておいしいの。向田さんのお料理。
酒井:真似しやすくて、料理の苦手な方にも簡単に作れる
徹子:向田さんね、魔法のインスタントラーメンっていうの考えたのある日。サラダオイルをフライパンにいっぱい入れるの。プチプチってなるじゃない。生姜とニンニクをいっぱいすりおろしておいて火を弱めて入れるの。表面がニンニクと生姜のプチプチでいっぱいになって、茶色くなってきたら止めて、油は冷めたら瓶に入れて冷蔵庫に。インスタントラーメンを食べるとき、スプーンでちょっとしゃくって入れるの。すっごい美味しいの。ちょっと匂いがして。
酒井:のり弁もよく真似をして。最初ちょっと炙って上に鰹節とお醤油を混ぜて乗っけて、ミルフィーユみたいに重ねて。「向田魂」爆笑問題の太田さんにはかないませんけど、女では多分一番だと思ってますね。

    

※トットてれびの第5話は、向田さんが飛行機事故で亡くなるまでの話。 ずっとみてるけどあれがいちばん悲しくなった。そういえば菊地直子の役やったよね。
1000年後に残したい報道映像2012 菊地直子

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