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2016.06.05

ボクらの時代 井ノ原快彦×森山直太朗×秦基博 バックダンサー、活動休止、あさイチ ウケの話など(抜粋)

森山直太朗とイノッチ 
森山:「東京サンダンス」って知らない?芝居
井ノ原:知ってるわけねーじゃん
森山:転校生とか、新しいの入った時に、一番初めに話しかけてくれたのがイノッチ。
井ノ原:その舞台終わってから、初めての一人暮らしする時「僕が暮らしてる街に行きたい、って言って、物件見に行ったりしたことがあるの。不動産屋さんが女性だったりするでしょ。「ちょっと台所に立ってもらっていいですか」(笑)「振り返って、お帰りって言ってもらっていいですか」(笑)それで決めたりとかしたの。もっと仲良くなるためにアメリカ旅行行ったり
秦:二人でですか?
井ノ原:もうひとり、御徒町(凧)っていうのと。彼も僕の近くに来て、3人で同じ町内に住んでた時があって。それぞれで会ってる時は素直ないい子なの。でもその二人が合わさっちゃうと、俺に見せてんのか分かんないけどコントみたいのが始まっちゃって(笑)
秦:未だにそういう感じなんですか?
森山:さっきも俺たち、収録あるのにお茶してきた。

秦基博のアルバムをジャケ買いしたイノッチ
秦:7年ぐらい前に、雑誌の撮影ですね。その前にCDをジャケ買いしてくださったんですよ。

 

森山:顔が似てるからって(笑)
秦:僕の顔がドーン!と(←「僕らをつなぐもの」2007)それをジャケ買いするってどういう気持ちなんだろうって(笑)正直ちょっと思ったんです。
森山:なんだろうね、
井ノ原:同じ匂いがするみたいな
森山:秦くんとか、ちょっとくすぐりたくなる。
秦:仕掛けられたんです。カメラが回ってない時に結構仕掛けられて
森山:大勢のスタッフの皆さんの前とかね
井ノ原:付き合うの大変だよね

提供する曲と自ら歌う曲の違い
井ノ原:10年ぐらい前に「V6の曲ができてしょうがない、やばい」(笑) 「まず、これ聞いてくれ」2曲ぐらいCDでもらった。
秦;へぇ
井ノ原:めちゃくちゃかっこよかったしけどまだ早いかなと。今でも残ってるんだ。いつか、ちゃんと
森山:ほんとに?
井ノ原:ほんと。
森山:人に曲を作らさせていただくとき、割と自分では歌えないようなこととか。「(自分で歌うのは)むりだろ~な」って。
秦:自分がこれ言っちゃうとしんどいけど、歌ってくれる人だったら許されるみたいな世界って結構ある。

井ノ原:それは自分の世界を広げることにもなるわけ?
秦:思いもよらない言葉とか
森山:やっぱ風穴空くからさ
秦:発見できたりしますよね
森山:自分が持ってる、V6さんだったらV6さんのイメージみたいな「ここでウィンクするかな」(笑)テレビで見てるそういうイメージ。「これ、オベーションで弾き語りで行こう」とか、違うアイデアが出てきたり「クルッと回って止めんだ」(笑)
デビューの話、バックダンサーの話
井ノ原:デビューした頃のイメージってどんな感じ?その時から曲は作ってたんだ?
秦:僕は12~3歳から曲作ってて、
森山:我々はざっくりと同じ。弾き語りやって26歳でデビューして。物心つきまくってるよね。ある程度ね。
秦:そうだよね
井ノ原:大人だよね。26歳。
森山:イノッチなんかクソガキの頃からだよね
井ノ原:クソガキいらねぇんだけどな。12歳の時にジャニーズに入ったんだよ。うちってグループ組んでデビューしないと、なんとなく認められないとこあるんだけど、着々とオーディションで勝ち残っていけば、名前も顔もわかってもらえるから、とにかく今自分で動いてできることってそういうことしかできなかったから、オーディション受けたし。あと「先輩の代役やりま~す」当日行ってカメリハだけやって帰ってきて、家で本番観るみたいなV6としてのデビューは19歳。下積みっていうか、得体の知れない自信はあった。「忙しくなっちゃうからな~もうちょっとしたら」みたいのずっと思ってたの
秦:その頃焦ったりとかなかったんですか?
井ノ原:焦りは、キンキキッズが出てきた時。僕より年下だし後輩だし。TOKIOは半分ぐらいが先輩で、半分は後輩な訳ですよTOKIOがデビューしました、キンキキッズもグループとして確立してる。デビューしてないけどすごく人気があったの。あるとき社長に「キンキのバックの仕事なんだけど」と言われると、いや、後輩なんだけどなみたいのあったんだけど。でも長野くんが「やりますやります!」って言ってたから、俺もやるやるみたいな感じでやってて、わりとそういうの細かく社長も見ててくれたから、後輩のバックでもスペシャルゲスト的な立ち位置で
森山:設定するの自分で(笑)すごい
井ノ原:1回、キンキキッズのバックで、SMAPが踊った時あったの。えれえ盛り上がったの。両方のファンが嬉しいわけ。「あっ後輩のこと思ってバックについてる!」ていうのと 「うわ、先輩バックにつけて踊ってるよ!」ていうのですごい盛り上がって。俺もそれ見て「かっけ~」って思ってその気持ちでやってたの「俺スペシャルゲストだ」
森山:ゲストポーズ。勝者のマインドだね。自分なりに設定できる。
井ノ原:設定はよくやった。
森山:そしてこれからもやっていく。
井ノ原:2回公演でも、最近きついけど「よっしゃできる~!!」
     坂本君が来て「やってくれ」「よっしゃできる~~!!」

アーティストが活動休止を宣言すること
森山:変な話だけど、そういう文字見たとき「これ言う必要ある?」って思ったりするタイプの人間だったりするから、一言で説明するのは本当に難しい。がんばってみるね(笑)  つまり、ぼやっとした感じにしちゃうと、僕みたいな未熟な人間は、ホントにボヤっとしちゃうから、休むってしっかり言いましょうと。
井ノ原:ツアーやりますと同じ感覚で「私休みに入ります」
森山:そう。おまえみたいなのはちゃんと休めんから、っていうことです。
井ノ原:いっぱいいっぱいになっちゃって、休みますっていう人もいるけど
     どうだろ、そんな感じでもなさそう。
森山:ひとつはっきりしてたのが、長くやっていくことはなんとなく決めてるのね。個人として長く求められてなかったとしても。てことは、ヨボヨボになるまでの活動、ゴールとするなら、足を止めて立ち止まって振り返るなり、今を見つめるなり、あるんじゃない?ていう感じ。この話は長い。
秦:休んでる時に何をしてたか
森山:こんなこと言っといて、結局
秦:ちょうど小休止の直前に一緒だったので「何するんですか」って言ったら
  「ホームステイしようなか」っておっしゃっていて、
   どこまで本気でどこまで冗談かわかんないからその時苦笑いだけして
森山:苦笑で見送ってくれた(笑)
    本人が切羽詰って決めたわけじゃなく、みんなで相談して決めたことだから
    休みになってから「どうする??」
秦:ホームステイはしたんですか?
森山:してない(笑)だいたい5ヶ月強休めたんだけど、テレビとか見てた。親友、当時台湾にいて連絡が来て、その時に自分がどういうものだったか 物理的に離れると分かって「これからだよね、俺」みたいな。

 

 

 

森山直太朗の実家には玉置浩二が来て歌ったりしてた。
有名人がしょっちゅう来て「お前歌え歌え」って言われるのがすごく嫌で隠れてた。
秦基博は3兄弟の末っ子。
イノッチの子供時代は姉の後ろに隠れてしゃべんない子。
女の人に囲まれて育ったから、#あさイチ でもデリカシーあるし立ち回れるとこある。
あさイチやる時「今まで培ったものを普通に披露していいんだ」と思ったそうな。

朝ドラ受けのコメント
井ノ原: し始めた理由ってのも、祖母が一人で住んでて、朝ドラの感想は誰にも言えないってのを聞いたことがあって、そういう人も多いんだろうな、そしたら、ちょっと俺、言ってもいいのかなと思って。最初はそれ番組で禁止されてたんだから。 「苦情が来てます」って。「週3ぐらいにしてくれ」。上から言われてたの。それでもシカトしてやってたの。なぜならそれ、おばあちゃんのためにやってたの。そしたらそれがいいって人も出て  「毎日やってください」っていう人もいて。上手くいいとこにフィットさしてもらったな~というありがたさかな。   

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えとせとら

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