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サワコの朝 藤真利子 360日犯人役、飢餓海峡、父・藤原審爾、五社英雄監督の話

サスペンスドラマの犯人役、最多出演記録。

ダミーに最近は使われるんですよ。私が出ると犯人と思われるから、犯人じゃないっていう。ずーっと犯人ってみんなが思ってて。ホントはそんな人じゃないんです。

 

当時は2時間ドラマがたくさんあったから、いっぱいお話をいただいたのを全部お受けしたら全部犯人で(笑)年間360日ぐらい犯人やって

 

阿川:たまには刑事役とか奥さん役とか

あんまりない。主役が二人いるとするじゃない?メインとサブ。主役はいい人なの。
で(自分は)受け。受けの芝居は面白くない。サブは動く、ドラマがある。
どっちを選びますかとなった時に自分でもいろいろ考えるんですよ。
いい人が人殺したりするの、怖いじゃない。でもそれも回重ねるとほとんどみんな最初から
あたしが犯人だと思って(笑)いい人でやればやるほど「んなわけねえだろ」ツッコミが
茶の間から入るんですよ。あたしは多分地獄に行くと思う。だってこんなに人殺してて。

記憶の中で今もきらめく曲

荒井由実:ベルベット・イースター

ユーミンとは、24、5歳ぐらいかな。あたしのレコードの作詞作曲をしていただいた縁で。デビュー曲がユーミン作曲。ユーミン大好きですごい影響受けたんです。大学行って、お友達に教わったの。それで何枚もレコード借りて。あんまり素敵でびっくりして。

女優は小さい時からなりたかった。いろんな仕事に憧れたから、最初のうちは。郵便局でスタンプ押す人とか。おもちゃ屋さんとか。近くに居る面白そうなお仕事からはじまって、お姫様まで。一番お姫様に近い人ってことで。(父は直木賞作家の藤原審爾)倍賞千恵子さんとかがうちにいらして隙間から覗いてた。ドキドキしながら。

デビューの翌年「飢餓海峡」

浦山桐郎監督。超怖い監督で。ちょっと余計なことするとウワ~って怒鳴られて「細工すると余計子供っぽくなるからやめろ!!」言われて。んもう怖かった。昔はそういう怖い監督がいっぱいいたんですよ。今はあたしのほうが怖いって(笑)
実は多岐川裕美さんが、ヌードを拒否されて、東北の現場で降板された。それで急遽代役を探して。それが今村昌平監督がプロデューサーだった。事務所の社長さんがあたしを連れて、今村昌平監督の事務所まで連れてった。最初なんだかわかんなくて、すぐタクシー乗せられて、なんなんですかって
台本渡されて「読んでください」2箇所ぐらい読んで「明日東北行かれますか」明日って急じゃないですか。そこでヌードにならなきゃいけないって。どうしよどうしよって悩んだんですけどね、やっぱりお嬢様役ばかりやっても面白くないかなって思って。なんで女優になりたいかって、自分でない人になりたかった。それができるとしたら女優だと思った。
面白い役やりたいしドラマティックな女性の役やりたい...「やります!」って言った。

(両親に)相談してる時間がなかった。外に居たんで。決めてからうちに帰って。次の日行かなきゃなんないから。父親には次の日言ったんです。そしたら「今村は自分の子供だから主役にやってくれたんだよ。七光りだ」って言われてすごい悔しくて...うちの父の作品を「赤い殺意」とか映画化してくれたんですよ。前の日あれだけ悩んでオーディションとか受けたのに、俺のおかげだよとか言われて。クッソーとか思って。

父・藤原審爾

当時の事務所の方針で、父の七光りを払拭するためにちょっと距離を置いた。父とは小さい頃から別れて暮らしてたんだけれども

阿川:だってお父様が悪いんでしょ
藤:もちろん(笑)
阿川:新しい女の人作っちゃったりしたんでしょ?
藤:ねぇ(笑)
阿川:お母様を悲しませたってことについては

ものすごく、父親のことが大っ嫌い。そういう意味では。
でも亡くなる時に、父親の病気を明かされた時に、もう後悔して後悔して。肝細胞癌。10月の中旬に知ったときは春まで持てばって言われたんだけど12月に亡くなったのね。1ヶ月ちょっとの間なんとか一緒にいたいと思って事務所やめて父のそばにずっといたの。毎日。病院泊まったり。「ママを助けて生きていきなさい」初めて言ってくれた。私が収入を得なきゃいけなくなった。今まではバイトだった。甘ったれてた。女優がダメだったら父の手伝いで小遣い貰えればなんとか生きていけるでしょ。でも父が亡くなったら生活はできないから。

五社英雄監督


父が亡くなって、きっかけになったのが「薄化粧」って映画。監督は厳しいけどすごくいいところを撮ってくれる。悪く映るわけがない。

この話マジになっちゃうの。
吉原炎上の撮影がずーっと遅くなっちゃって、次に五社監督が演出する舞台に入ってたんです。監督が稽古に入れなくなっちゃったの。別な方に演出を頼んでずっと稽古してた。1ヶ月ぐらい稽古して、ようやく舞台稽古の寸前に監督がいらしたのね。舞台稽古になった時に動きが決まってたの。ここに座れって言われたけどその前にずっと立って芝居してたから
私は座れないって言ったら「座れ!!」言われたから怒っちゃったの
「いいとこばっか撮りやがって!!」みたいな(笑)
舞台は積み重ねだからいきなり座れって言われても。美しい言い方すると演出補の人も認めて欲しかったわけよ。みんなでやってきたことを。ただあたし言い方きついからそんときにはすごい言い方した。
後から演出補の人が来て「藤さんありがとうございます」言ってくださった。でもみんなはこれで幕あかないと思ったって
あたしもブンブンだし。母がこういうとこあった。築地のチャキチャキだから男の人とも喧嘩しちゃう

 

今心に響く曲


辻井伸行:ラ・カンパネラ

 

振りだけするのに1ヶ月かかった。天才っているなぁ。心が洗われた。感動した

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ご両親の話はこちらでもやってた。お母様の心原性脳塞栓とか。

爆報 スティーヴ・フォックス 谷ナオミ 藤真利子 2013 記事参照

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