ボクらの時代 香取慎吾×山本耕史×天野ひろゆき 天声慎吾、新撰組、結婚の話

天野:ウドちゃんがカナダに行っちゃって
香取:おれ、真ん中ですか
天野:そらそうでしょ
香取:きょうなんですか?これ、山本さんでしょ?
山本:一応発端は、僕がこの番組を出るにあたって、この3人でとお願いしたんですよ
香取:今日かっこいいね
天野:いつもかっこいいじゃん

香取:カッコ悪い時ある(笑)
天野:それどういう時なの
香取:ニュースとか見たりすると「あ、きょうカッコ悪いなあ」(笑)
山本:なんとなくわかるわ
香取:舞台用に髪染めたりとか、染めてるけど眉毛が黒すぎて今日カッコ悪いですね(笑)
山本:結構見てくれてるんですよ

■出会い

香取:僕はあれ(二人と繋がってる)だけどここ(あまのっちと山本耕史は)
天野:お仕事はないですね
香取:なんで今日なんですか
山本:それはだって、香取慎吾と仲いいもうひとりってあんまり僕見たことないですよ
天野:香取くんが数少ない電話番号知ってるこっち側はどういう人なのかってのも
山本:それもありますし、どうやって、僕と違うアプローチで行き着いたのかなと

天野:初共演だったんですか。新撰組のときは
香取:あ~仕切ってる(笑)
天野:仕切ってるわけじゃないよ
山本:お互い聞きたいことから聞いていこうか
天野:そうそう僕聞きたい
山本:僕初共演だったんですけど、同じ学年で。
ご存知のとおり誰ともあんまりイェーイって感じでもなかったので

香取:いや、でもちょっと違うんですよ。お芝居の時とバラエティだと

天野:バラエティの時は意外とフランクに来るんですよ
山本:あ、そうなんだ
天野:お芝居は多分、ギリギリまでセリフ覚えてたりとか、すんじゃない(笑)

山本:でもバラエティの時も連絡先は知らなかったんでしょ
天野:そこまではいかないですよね
山本:僕が電話番号入手して、すぐしたんだよね
香取:いや~アマノッチの方が早いんじゃないかな...

山本:10年ぐらいやってるキャイーンの2人も俺は連絡先教えてないってのが
よく言われてたの

天野:じゃあ先かもわからない
山本:そう。僕が知ったのが2004年の6月なんですよ
香取:細かいですねえ(笑)気持ち悪い
天野:ちょっと俺、恋のライバルみたい(笑)
山本:キャイーンのふたりは、自分から言って交換しましたって僕に報告したんですよ
香取:そうかな、誰かちょっと調べてください。番組の反対だったら面白いですよ。
この人なんか自分が先だと思ってるから
※天声慎吾(1997~2008)、新撰組(2004)

山本:全然遅いじゃない。放送が。だから後半じゃないですか?連絡先交換したの
天野:えぇ?
山本:俺のが全然早い
香取:何年も早いんだ
山本:ばぁか 
天野:なんでだろこの感じ

■香取慎吾を好きになった理由

山本:普通だったら上手く現場を過ごそうとするから、
なんか「あ、わかりました」って、上っ面だけでよくする人もいるじゃない。
そうじゃないところがまず面白かったですね
天野:まさに僕もそんな感じ

山本:逆に第一印象てどんな感じなんですか?お互いの
香取:バラエティとお芝居の時、僕が結構違うんですよ

■天声慎吾

天野:役者とかアイドルの時は仕事モードなんですよ。
バラエティは、完全に休みだと思ってました(笑)すごいんですよ。
言ってることむちゃくちゃな時がありますよ。「これじゃ仕事じゃないですか!!」て、
怒った時があるんすよ。仕事だよ。それ本気で言うんですよ。プロデューサーとかみんな集めて。
一週間に一回休みがあるから、軸になってたんでしょうね。
天声慎吾があるから、この振り付けの稽古も耐えられるみたいな

山本:えっ、天声慎吾が一番最初なんですか
天野:そうですまさに。ちょうど19から20になるときぐらいだよね。
お酒がまだ飲めるか飲めないかの時だったですから
山本:20年前ですか
天野:はい

香取:今日はだからあの...家族というか親戚的な人(天野)と、
友達、親友(山本)が一緒に会ってて、ちょっと変な感じ
山本:感覚としては(大河は)仕事なの?
香取:この2人もいるし、この番組の空気もあって、メチャクチャ仕事じゃないよね(笑)
ちょっと心配にはなる

天野:僕も「王子」って番組では呼んでるんですけど、
ほんとに支えたくなるみたいなところは王子だし、ほんとにそんな関係なんですよ。
それがもう11年。そんな風に呼べる人はあんまりいない

■呼ばれて嬉しかったけど

香取:こんなにお二人に好かれてて申し訳ないですけど、おれ、そんな好きじゃないですよ
.....絶対使わないで欲しい。送ったじゃないですか「呼んでくれてありがとうございます」
山本:なにそれ、いきなりそれを
香取:そしたらアツく「俺はいくらでも呼ぶぞ!!」ってきたんで「そんなに呼ばないでください」(笑)
天野:なんなのこの距離感
香取:いや、重いんですよ(笑)
天野:山本さんの思いが熱すぎるってこと?
香取:そうじゃないけど。新撰組から13年ぐらいですか

山本:13年前。僕、赤ちゃんモデルからやってるんで、そこ数えちゃうと年とおんなじ
香取:40年
天野:大先輩だよ
山本:いえ、気づいたらやってたって感じです
天野:学校の学芸会で芝居してくれって言われたら、レベルが違うじゃん
山本:僕が選んだの「村人9」でしたね(笑)
天野:逆にこの世界以外を知らないってことですよね
山本:でもほかのことはフツーにやってました。
バイトもしてたし、周りの人も早退すると「今日仕事なんだ」当たり前のように接してた感じ
■ウド鈴木を語る

香取:ウッディーとあったのはいくつの時なの?
天野:事務所で、何歳かな、21・2だと思いますね
山本:結成何年ですか
天野:結成25~6年。より愛情が深まってる感じですねえ、彼からの。
楽屋も、別でとってる時も必ず俺んとこ来るし、新幹線もとなりだし、
なんだったら、ホテルも部屋が別々であるのに、俺んとこ来ますね。
ただ最近わかったのが、インターネットで自分のことばっかり調べてる。
山本:いわゆるエゴサーチ

天野:こんなにね王子、天野君天野君ていうから、俺のこと調べてんのかと思ったら
俺のこと一切調べてないの。なんでわかったかというと、
スケジュールをマネージャーと共通にしたら、奴が調べるワードが
マネージャーにもわかるの「ウド鈴木 役者としての可能性」(爆笑)
あいつ何調べてんだと思って。ウドさんすごい役者やりたがってるんですよ

香取:真面目に話してみるのね「ウッディー、その髪型変えるのできるの」とここ剃って坊主とか、
もうちょっと色も変えて少し伸ばしてとか言ったら
「そらァ無理なんだよね~、やっぱこの髪型で俺やってきたから、
マジでこの髪型変えられないんだけど、ほんとに俺役者としてやっていきたい」(笑)

天野:すごいんですよ。お笑いの話は一切しない。役者の夢ばっかり。
だって王子もこの世界入ったの結構早いですからね

■30周年が収録日

香取:今日思い出したんだけど、オーディションに最初に行った日が今日だと思う

山本:どういうこと
天野:日にち?
香取:そう
山本:今日って何日
香取:17かな今日 ※収録日は2017.11.17 芸能界に入れた日。
30周年(拍手)うる覚えですよ。わかんないけど。天野:数少ない仲間に囲まれて、どんな気持ちなんですか。
香取:あんま好きじゃない....やめてもう、振りが。頭をちゃんと働かせて
天野:一応区切りのためだよ。CMも行きやすいから


■結婚

天野:婚姻届の保証人の欄、ウド鈴木と香取くんですよ。
あの時、報告と名前書くのと、ほぼ同じ日だったんですよ
香取:えええ~と思ってたら「ちょっとこの紙に書いて」
怪しいな、こういう書類のサインは気をつけろって。
天野:親に言われてた
香取:山本さんの独身時代はなかなかのひどさですよ(笑)
山本:よく平気だなって生活ですよ。毎日朝まで飲んで本番やって全然寝なかった。
ここ(香取)も寝なかったけど
天野:この人も寝ないです
山本:でも今もう9時とか(寝る)
天野:若い頃の飲み方を見てるからね。
山本:天声慎吾の
天野:休みだと思ってるからガンガン
山本:君は結婚しないの
香取:結婚します

天野:ええ~ちょっと待って待って待って(笑)
山本:バカヤローだな!タメろよもっと。じゃ、願望はあるってことだ
取:いや、願望まではない

(ここでビール)

天野:願望じゃないってこと?
香取:願望ではないけど「しない」じゃないかな~。
けど「結婚しない」てのも思い続けたこともない。けどもう40だし、するんじゃないかなと思うけど
するときはちゃんと報告しますから。来週とかに結婚する予定だとしたら今言いますよね。
来週は結婚しないと思う(笑)

天野:えらいことになってる時に病院に来てくれまして。
生まれたばっかりの時大変になってる時に来てくれて、抱っこしてくれてね
香取:山本さんお風呂に入れたりするんですか
山本:しますよ
天野:僕も早く帰った時に入れますよ
香取:子育ての、旦那さんがやるのなんかお風呂入れたりするんですかってほかに何があるんですか
天野:いや、いっぱいありますよ
山本:できないのが授乳というか。でもミルクを作ってあげるのはできるし全部できるんだけど
泣いた時の母親の母性ってすごいですよね。


天野:(初めての言葉が)ママだったので「パパもいるよ~」ずっと言い続けてたら
ある日振り返って「おとうちゃん」(笑)

香取:家事とか洗濯とかご飯、おれ、どうしてると思いますか?
天野:怖い(笑)やめろよへんなCMの行き方すんなよ
香取:まぁ、何人かがやってくれてます(笑)

王子が結婚を相談する相手

香取:いろんなことがあった1年2年に、僕から電話してあまり相談してないですね。
二人から言葉はくれますけど。的外れな(笑)肩に力入ってる時に2人からのびろ~んびろ~んみたいな....

お仕事とかいただけて素直に嬉しいんですけど、落書きみたいなもので。
でも、絵は描くことが好きで、好きってことは誰かに見て欲しいですね。
そういう場が最近あるからすごい嬉しい。この前なにかのところに
「現代アーティスト香取慎吾」て書いてあって...ちゃんと絵を描いたの、今年一枚もない

ボクらの時代 田辺誠一×賀来賢人×福田雄一 斉木楠雄のΨ難

■田辺誠一と福田雄一はパパ友

福田:僕は田辺さんとはパパ友なんですよ
田辺:子供が、小・中までね、一緒なんですよ
福田:おなじ学校だったの。一時期同じクラスで(笑)学校の行事、運動会とか行く。すごく覚えてるのは卒業式の日に、割と僕、田辺さんにお仕事お願いしてるんですけど、1回も、受けていただいたことがない..(笑)話をしたの。そしたら田辺さんが「じゃ、仕事は全部受けますよ。」言われて、次の仕事全部断られた(笑)オファーして初めて受けたのが今回の「斉木楠雄のΨ難」賀来賢人は、初舞台の演出が僕

 

■賀来賢人の初舞台

 

賀来:いやもう、恐怖でしたね。安田顕さんとか、池田成志さん、皆川猿時さん。舞台役者さんと初めて触れ合う機会だったんですよ
田辺:あいつらどうでした?
賀来:いやもう、バケモンでしたね(笑)
福田:異常に、状況としては悪い状況でしたね
田辺:すご~い、すばらしい
賀来:こんな訳わかんない人たちいるんだ、と思って、福田さんもわけわかんない演出してくるし、もうパニックになっちゃって。悔しくてしょうがなくて。僕だけウケてなくて
福田:ずっと稽古場の後ろの方で悩んでる
田辺:そのメンバー
賀来:それでだいぶ演劇の世界を
田辺:すごいところから入りましたね
賀来:最初が福田さんのお芝居で、そういう方が多かった
田辺:その間に何かありました?
賀来:ちょっとずつ、ウケる感覚みたいなのはあったと思ったら、次また笑えなくなって。福田さんがつかつかつかって来て「あれいらねぇな」言って、サーっとどこか行っちゃう。その連続です毎日。

■役者になったきっかけ


福田:田辺さんの舞台、僕コメディのイメージしかないんですよ
田辺:好きなんですよ。もともとそっちへ行きたかった
福田:へぇ、そうなんですか
田辺:高校の時に、コントの台本書いて、友達3人組で映像のコント。ネタを映像でとって、みんなで見てる(笑)
福田:みんなで見る!
田辺:映像に目覚めてしまって、勝手なミュージックビデオとか、架空の映画の予告編とか(笑)見たくなるような

福田:変わりもんですね
賀来:どういう流れで役者さんに?
田辺:制作会社に行って、プロモーションビデオ撮ろうと。僕モデルやってたから、オファーをいただくようになり、俳優の。よく考えたら自分で撮ってるから、自分が出ると手っ取り早いじゃないですか。演出もしなくていいし。だから役者の道はあるかなって、なんとなく最初一本だけオーディション行って、決まって。あとは低空飛行。いまだに。

■若い頃の貧乏生活


福田:この仕事して「食えねえ」って時期、ないんですか?
田辺:ありがたいことに
福田:あらららら、賀来賢人ガス水道止められた!
田辺:一番大事なライフラインなのに、払うの忘れてた?
賀来:ほんっとに、お金が無かったんですね。それこそ福田さんの舞台の時に
福田:初舞台やってる時に、毎日飯食わしてましたもん

田辺:そんな時代があったん
賀来:それが結構長かった。帰りの電車賃ももったいなかったんで、稽古場から歩いて。福田さんはありました?
福田:俺はもう全然
賀来:なんだよ、ないんかい!
福田:違う違う、俺はもう最低の人生送ってるから。僕30まで働いてないんですよ
賀来:え?
田辺:働いてない?
福田:大学は成城大学。1回就職するんですけど、辞める事になって、そっから30まで働いてない
賀来:知らなかった
福田:うちの親父が変わってて、30まで働かなくていいよという人だったの。で、30になった時に、なんとなく生計が自分で立ってればいいからって言われて、家賃から生活費から、劇団の劇場費まで親に払ってもらってた(笑)サイテーでしょ
賀来:スネかじりにかじって
福田:そう。おやじ、すね毛一本もないの(笑)お前にかじり尽くされたって。
で、何を血迷ったか、28歳で今の嫁にプロポーズしちゃってるんです


賀来:無職で(笑)
福田:無職っていうか、放送作家的な仕事かじってたんだけど、プロポーズした当時で、月収8万円ぐらいだった
賀来:なかなかやばいですね
福田:住んでるマンションが8万5千円ぐらいだから
賀来:おっと、計算が合わない
福田:これはちょっと仕事嫌いだけども、やんねえとな、って思ってやり始めて。結婚式挙げる頃には月収200万円ぐらいに
賀来:すごいですね。いきなり飛躍しましたね
福田:そっからいわゆるバラエティ作家としての人生が始まってくわけです。真面目に。つらかったですねえ、なんか。むいてなかったんじゃ...

■斉木楠雄のΨ難/共演、憧れの人の話

福田:俺ほんと田辺さん大好きで、何回オファーしたかわかんないですよ。もともと田辺さんのあの、淡々としたコメディー空気が大好きだし、感慨深かったですよ。やっと田辺さん来てくれたわ~って
賀来:あと、内田有紀さんにも会えたしね
田辺:デレデレなった
福田:僕が自分の部屋にポスターを貼ったことがある女性はたった二人。キョンキョンと、内田有紀さん
賀来:すげ~。監督になるとそういうキャスティングもできる
福田:ハハハハ、違う違う。そういう~、あ、確かに
田辺:それは多少ありますよね
福田:あるよ。ないですか
田辺:ありますよ。色っぽい話じゃないですけど、こないだ水谷豊さんとご一緒さしていただいて。うわっと思いました。熱中時代なので。視聴率40%ぐらいのドラマの中で、小田急線の東北沢に北野先生が下宿している設定が、チラっと見えたんです。その時永福町に住んでたから、自転車で行って、探しました。北野先生いるんじゃないかって。実際にいると思ってた
福田:すげーファンですね。このナレーションの小林聡美さん大好きで最初(対談で)会ったとき、ずっと隣に座ってました
田辺:やばい人じゃないですかそれ、伝えたんですか
福田:三谷さんと結婚されてる頃だったので。「やっぱり猫が好き」面白いけど誰が書いてんだろう、三谷幸喜さんて人なんだなってくらいですよ。そっからっていうもの三谷さんに究極憧れていく流れがあるわけですけど
■コメディ

福田:難しいですよ
田辺:人生の切なさを表すには、対極の笑いがあったり、ほんとに行っちゃったらもう笑うしかない、そのコントラストが出るから笑いってものすごく重要。僕もそういう作品作ってたけど、まともなの、友達って見てくれないんですよ。ちょっとシュガーコーティング、糖衣するとみんな見てくれる

福田:僕もそれは思って。最後泣けるにしても、ここの笑いがちゃんと成立してると、反動で泣くのも大きいと信じてるから。どう使うにしてもちゃんとやれてたほうが絶対。いつまでたっても分かんない。「IWGP」で宮藤官九郎すごいって。宮藤君かっこいいなって。二つ下なんですよ。三谷さんは上流、宮藤君はストリート系。憧れちゃう宮藤君の笑い。そのふたりのスキマ産業的な笑いに俺が入ってる(笑)んじゃないかな。いつまでたっても追いつけない感じがしますね
賀来:福田さんが朝ドラを..

■意識している俳優

福田:いるでしょ。意識してる俳優
賀来:同世代で?
福田:いないわけ無いでしょ
賀来:これ、ガチで、柳樂(優弥)君。同い年で。最初福田さんの「アオイホノオ」で見たときにあれ?って。ちょっと匂いがプンプンするなって、いいなって。初めて感じた役者さん
福田:柳樂くんがいい仕事すると、キーってなったりするんだ
賀来:いやいや。ないです。会ったことないから
福田:会ったことなくたってあるでしょ。三谷幸喜、宮藤官九郎の名前があったらもうめっちゃ見るよ
賀来:ある時期はありました。もう若手俳優全員どっか飛んでけ(笑)下から菅田将暉!!山﨑賢人!同じ名前のやつ!舞台にずっと出てたのですごい思いがあって、やっと呼んでもらって(主演舞台・流山ブルーバード)
福田:今回全員を食うつもりで行くんです、って
田辺:熱いよね
賀来:コメディってジャンルが好きなんでしょうね。武器を見つけたというか結婚してからは、なるようになれ、と

 

【抜粋】ボクらの時代 広末涼子×新垣結衣×永野芽郁 映画「ミックス」 

芸能界入りのきっかけ

 

永野:8歳の時に、お母さんと吉祥寺で買い物してたらスカウトされたのがきっかけ。同級生で頑張ってる人がすごくレッスン会場にいて、  突然「お芝居してみろ」言われて、無理無理無理って。向いてないってとこからのスタートです

 

新垣:ティーンファッション誌のモデルオーディションに、姉ちゃんの推薦で。そこからですね。インスタントカメラで最後の3枚とかでバシャバシャ撮って応募して
広末:姉ちゃんは、私は無理だけど結衣ならいけるかもと思って応募したんだね
新垣:年齢も。あと身長も私よりちっちゃいので、そういうことを考えて託されたというか。お姉ちゃんの勢いに任せてやってたらこうなった。女優さんになろうと思って始めたわけでも、モデルさんになろうと思って始めたわけでもなかったですね

■続ける理由

広末:私はちっちゃい頃から女優さんに。テレビっ子だったからテレビや映画に出る人になりたかった。たまたま中学生の時に高知の書店で見つけて、高知からでもチャンスがあるのかなって思って。テレビで見たことあるCMだから安全かもと思って。芸能事務所とか危なさそうじゃない?(笑)わかんないから変なとこ入ったら危ないから、CMあるから大丈夫って。一発目がたまたま当たっちゃって、それから私はなりたかったから。ふたりは目標が最初そこじゃなかったのにやっていけてるのがすごいと思う。しんどいこともあるじゃない女優さん始めて。寝れないとか寒いとかしんどいとか。やめちゃおうと思わない?

昔のCM P&G クレアラシル 広末涼子 1996 youtube

新垣:ほんと。なんで今ここにいるのかわからない。当時の自分を思い出すと。小学校低学年の時とかは、歌って踊れる人たちに憧れてたから そのスクールに入るオーディションは何回か受けてたけど落ちてて。雑誌のオーディションに合格した時泣いてる自分がいて。嬉しくて 実際やってみたら楽しくてすごくいい時間だったし、いい出会いもあったし。環境はラッキーで恵まれていると思います。

永野:中学2年生ぐらいまでは、正直いつやめてもいいと思ってるところはあって、映画の撮影に行ったとき、ずっと神戸に行ってる作品で 東京に帰ってこれなくて、親にも会えないし学校にも行けない、帰りたいなって思わなくて、体調も良くない状態もなくてこの仕事のこと本気で好きになってんだなって考えて。そこから自分自身の思いも変わって、ようやく真剣に、今頑張ろうと思ってます

広末:中2って何年前なの
永野:4年(笑)
広末:すごーい
新垣:もう腹くくったってこと。好きっていう自分を自覚できてるの?
永野:できました

■コンプレックス


新垣:全然関係ない話していい?二人共目が茶色くて超綺麗(笑)どっち見ても綺麗
広末:芽郁ちゃんも茶色いね
新垣:自然光が入ってるから..すみません
広末:自分がこうなりたいとかあるの?こうだったらいいな、逆に言うとコンプレックスだけど、こういう顔になりたかったとか

永野:私、エマ・ワトソンになりたいんですよね(笑)
広末:どちらかというと似てるよね
永野:似てないですよ
広末:どちらかというとちょっと少女っぽさと
永野:ホントになりたくて。でも、なるにはちょっといじらないとそんなのダメだと思って諦めたんですけど
広末:もっと背が高くなりたかった。高かったらこのパンツ似合うのになとか。私はモデルみたいなスタイルじゃないからこれはできないとか、ヌードはできないとか(笑)自分が誰かみたいなボディがあったら脱いでるかもしれないけど

新垣:逆にちっちゃくなりたかったですね。あと5センチぐらい。
広末:え、大きいと何かあるの?
新垣:ん~ちょっとサイズオーバーだな、着たいレディースの服で 着たいかたちがあるんだけど、パンツの丈が足りないとか。日本の標準の形だとちょっとちっちゃかったりする。    


新垣結衣 ポッキーCM youtube
永野芽郁 カルピスウォーター 君と夏の終わり youtube

■元恋人の話、家事の話

洗濯物を干すのは好きだけどたたむのは嫌いで
ハンガーに掛ける新垣結衣

広末:好きな人とうまくいかなかったとき、何がうまくいかなかったんだろうと 考えたとき「あ、この人は、私の楽しいことが全部嫌なんだ」ってことに気がついたの。私が仕事してるのも嫌だし、結局心配だったり嫉妬だったり。私お酒も好きだし、友達と飲んだり家族でもそうだし。お酒のある場所って好きなんだけど、お酒もやっぱり心配だったし。あと、祭り。好きなんだけども私。よさこい祭りって高知の地元の祭りが好きなんだけどそれも全部嫌だった。この人は私の何が好きなんだろうと思ったのね。私のどこが好き?って聞く女の子嫌だったんだけど、でもどこが好きなんだろうって。全部私が喜んでるところやキラキラしてる時が、嫌でなんだろうと思って どこが好き?って聞いたら(小声で)洗濯してるところが好きって言われたの...(笑)それで言われた瞬間に「干してる時畳んでるときどっち??」って聞いたの(笑)
思い出した~。でも多分後になって考えると、誰でも出来ることを自分のために やってくれてる姿が好きなんだろうなって


永野:料理は絶対できないです。お湯沸かすのも嫌なんです。何を入れたらこの味になるとかも全然わかんないし、お母さんがなんでも作ってくれるから洗濯機もどこに何があるかわからないし。いつかできるようになるんですかね
新垣:必要に駆られたらできるようになる
広末:なんでもそうだね。必要に駆られてもそうだし、やってみても。
新垣:涼子さん、料理はすごいですよね。現場に差し入れとか手作りで持ってきてくれて。しかもはちみつジンジャーとか
広末:やることが嫌いじゃないし。必要に駆られているから。子供たちがいるし。だからなんかの中の一個だから、ついでにやると楽しい
新垣:人のためにやるのが楽しい。みんなでご飯作るときものすごい私働きます
永野:ちょっとがんばってみよう

 

ボクらの時代 有村架純×坂口健太郎×森川葵 #ひよっこ いつ恋

■ひよっこ いつ恋
坂口:ひよっこお疲れ様でした。大変だった?
有村:終わると、楽しかった、ってなった。二度とやりたくないじゃなくて。
坂口:ああそうなんだ
有村:ああ楽しかったなあって。それがすごいよかった。
坂口:3人でこうやって話すって
有村:ない。いつもみんながいるから
森川:ない。確かに
有村:出会いはいつ恋だもんね。未だに思い出すもん。普通は作品が終わったら、もちろん大事にはするんだけど、次に進んでいこうみたいな気持ちなんだけど、いつ恋の現場は未だに思い出す。ふとした時に。ほんとにこんな関係になるとは思わなかった。

坂口:最近6人で集まってないね
有村:そうだね、最後は3月
森川:今年の
有村:めちゃくちゃマイペースだよね。そこの空間にいても気を使わない。好きなことやってるように見える
坂口:飲みすぎてるところあるから
有村:めっちゃ飲むよね
森川:美味しいもの食べに行くのがすごい好き
有村:楽しく美味しいものを食べる。
坂口:そのために仕事をする

■第一印象/ゲッターズ飯田の性格診断
坂口:第一印象は
有村:葵はいろんなところで見てたし、結構髪型を変えたりしてた。坊主とか
坂口:金髪坊主にしてたよね
有村:実際会うと、ふんわりしてて、どっか飛んでっちゃうんじゃない(笑)今となっては妹のような
森川:ありがとうございます。これからもかわいがってください。
有村:すごいかわいい(笑)
森川:うれしい。めっちゃ嬉しい。最近ゲッターズ飯田さんに占ってもらって「天性のバカでおっちょこちょい」って。自分で自分のことおっちょこちょいって思ったことなかったから
坂口:俺もゲッターズ飯田さんに会う機会があって「心が小2か中2で止まってる」(笑)
有村:私も言われた
森川:私も15とか
坂口:似てんのかもしれない。
有村:もしかしたらいつ恋メンバーみんなそうなのかも


どんなこどもだった?
坂口:はしゃぐし、目立ちたがり屋だった。保育園の学芸会、みんな桃太郎とかやりたいけど、俺は鬼がやりたくて
森川:変わりもんっぽそう。子供の頃から。私は結構ひきこもりタイプ。今も変わらないけど、休み時間も外に出ないで教室でお絵描きしてたり
坂口:今もそうなの?そんなイメージあんまりない
森川:いやもう、超ひきこもりっすよ私
有村:気づいたら夜だったって?
森川:あるある

■休日の過ごし方
坂口:どんな過ごし方が好きですかって聞かれて。何もしないのが好き。ホントに何もしてないわ、嬉しいみたいな感じ
有村:その気持ちすごいわかる。久しぶりの休みだったりすると美容院行っとかなきゃとか、結局時間詰めちゃう。2日あると、1日はそうして、もう1日は何にもしない。この前あって。なんて贅沢な時間なんだろ(笑)すごい噛み締めたその時間を。
坂口:意外と難しいよね、なんにもしないって。
森川:そお?(笑)意外とぽや~っとしてたら一日終わっちゃう。難しくない。

■きっかけ
坂口:いつ女優になりたいと思ったの?
有村:中学校の時。
坂口:あ、もう、明確にあるんだ。
有村:ドラマとか見てて、お芝居って楽しそうだなって、漠然とした何か。でもテレビとか出るのは嫌だったの。目立つのが嫌いでクラスの発表も率先してできなかったけど、お芝居やってみたいのが先行して。そんな自分なのに。オーディション雑誌とか買ってきて、自分で履歴書書いて、今の事務所に応募してた。だから全然スカウトとかじゃない

森川:セブンティーンて雑誌に、オーディションがあるから応募して、でもお芝居がやりたいとか明確な何かがあったわけじゃなくて、お小遣いをもらってなかったから、友達が学校帰りにコンビニで肉まん買ってるとかってのができなかったから、それをしたいと思ったのが中学生の時。バイトがまだできないから、今自分で働いて出来ることってなんだろうと考えたときに芸能界って世界を知って、それをやれば自分でちゃんと働いて稼いで肉まんを食べれるかもしれないって
有村:かわいすぎる(笑)

坂口:何歳から家出たn?
有村:17
坂口:で、こっち来て一人暮らし
森川:19かな
坂口:そうかあ
有村:東京になれたの、ほんとに最近て感じ。好きな場所とかもなかったし。ただただ仕事のためにいる感じだったけど、なんかここ二年ぐらいようやくああ、住んでるなあって感じがした

■演じないことの難しさ
坂口:架純ちゃん、去年か、年末紅白、見てました
有村:ありがとうございます
坂口:大変そうだなあと
有村:てんやわんやしてたけどね舞台裏では
坂口:仕切ることってないもんね。ふだん仕事しててもね
有村:普段お芝居で発信するけど、バラエティ、舞台挨拶の時って自分自身で喋らないといけないのって難しいなと
森川:難しいよね
坂口:意外と最近少し思ったのが、役でいるときの方が楽だなと。坂口健太郎でいることって大変だな
森川:感じる。その人の役の感情が、台本の中に書いてあるから、自分が今どんな感情なのかわかる。それってすごい楽だなって。自分で生活してて、今どういう感情かってそんなに
有村:考えていけないもんね
森川:気づいたらすごい落ち込んでたり、知らず知らずストレスを溜めてたり。気づけない
有村:それ以外何も考えなくて済むもんね
森川:生きていくためにどうしてこんな考えなきゃいけないんだろう。悩まなきゃいけないんだろうって、すごい思う。自分自身が。もっと何にも考えないで楽しく生きていければいいって
有村:役の気持ちを私生活に引きずるか
森川:引きずってないつもりだけど、たぶん引きずってる
有村:私もそのタイプ。
坂口:ハッピーな役もネガティブな役も
有村:ネガティブな役の方が引きずられやすい。内に入っちゃうしね
坂口:ナラタージュの時とか
有村:なかった。地方にいるときはずっとホテルだし、作品の空間にいるから余計にオンオフがないというか。それもあったかも。

■鶴瓶さん

坂口:やっぱりこのスピードでやってかなきゃいけない。作るペースも半年に1本とか。それが正解かわからないけど時々ついていけない、ついて行けなくなっちゃってんだろうなって。昨日、鶴瓶さんの番組にださしてもらって「二人によろしくって言っといて」って「みんな俺の娘みたいなもんだから変なことするなよ」って
森川:鶴瓶さんは月一で会ってるかも。今も鶴瓶さんが電話かけてきてくれて「お前今何してんの」「家にいます」「じゃ今からご飯に行こうか」て電話が月一ぐらい。

■電車内で
坂口:最近びっくりしたことがあって、電車乗った時に女子高生がふたりいて坂口健太郎って名前が聞こえてきた。「坂口健太郎っていつも、報われないか最終的に恋にあぶれる役しかやらない」ってのを熱弁しててね、ちょっと衝撃的だったんだ。
   

■異性に求めるポイント

森川葵はちゃんと仕事してる人
有村架純はやさしさ。なんでもいいよはいや。私の中の基準。
怒ってくれる人もいい。一目惚れはしない
坂口健太郎は、ずれてる部分、自分とマッチしてない部分も好きになれたら 
憎しみも愛みたいなもの。   

ボクらの時代 松本潤×野田洋次郎×行定勲 RADWIMPS ルーツ

■出会い

 

野田:おれ今年が初めてだと思ってたんですよ
松本:違うよ。しょうたの30の誕生日にちょこっとだけ会って、ギター弾いたりしてます、て話をして
野田:ごめんなさい、スターに会ったの忘れてました(笑)
松本:おふたりはいつぶりですか
野田:もう1年ぐらいですか
行定:よく見てるからね、テレビとか
野田:ほんとですか。テレビ、これが8ヶ月ぶり
行定:いろんな映像で

■トーク番組初出演

 

野田:(テレビは)相変わらず慣れない。こうやって人が振ってくれるからいいですけど
松本:こないだRADのライブも見せてもらって誰々と飲んでるよー、って言うと顔出してもらって
行定:マメだもんね
野田:夜中の遅い時間に行くんですけど、もうべろんべろんになってて20分で帰ったりするんですよ
松本:あれは申し訳ない。
野田:家に松潤が来たことあるんですけど、いるとなんか気になる(笑)普通に飲んでんですけど、そこに明らかに部屋に場違いな甲冑の像が置いてあるみたいな(笑)バキバキの。普段から嵐の松本潤。
松本:そんなことないですけどね
野田:意外ともっと俺はスターっぽい感じなのかなと思うと、すごく幼さっていうかいたいけな部分もすごくあるし、優しいからなんかびっくりして
行定:洋次郎そんなの好きなんだな。ゲイなの?っていうぐらい
野田:最近リリーさんとかに「お前もそろそろゲイになるから」って言われるんですけども

■ライブ、ジャニーズに入った理由

行定:俺は嵐のコンサート2回見に行って。この振り幅ね
野田:へぇ。今年の3ヶ月間だけ、初めてツアーとドラマの撮影がドンかぶり3ヶ月、ほぼ1日も休みなくて。そしたらみんなの励まし方が「これは、ジャニーズなんかみんなやってるから」(笑)よく分からない.そういう励まし方をされるぐらいジャニーズの人っていうのはみんなレギュラー番組やって撮影して
行定:当たり前だと思ってたの
松本:そもそも考えてなくて。2つ上に姉がいるんですけど姉が中学入って、その当時Kinki Kids、V6とかの映像とか本とか借りてきて家で見てるわけじゃないですか
野田:ねえちゃんそんなだったの
松本:そうそう。自分と同世代、ちょっと上の人たちが歌って踊ってるのは楽しそうだなと思って。入ってみようと勘違いし。でもやり始めてからほんとに部活やってるみたいな感じだったし、自分の地元で盛り上がってるファッションとか音楽よりももっと先行ってるから、そっちに触れてることが楽しかった。
行定:勘違いってのがすごい重要。
野田:姉ちゃんの影響でかいんだ
行定:お姉ちゃんの評価、どうだったの。送ったって言わなかったの
松本:言わなかったっすね
行定:言わなかったんだ

松本:最近両親や姉貴がライブ来るとか映画見に行くとか、全然イケますけど昔は、何時に行くからと言われるのがすごく嫌な自分がいて、見つけた瞬間どういう顔をしていいのかわからない。家にいる自分と余りにも自分が違うから

■ルーツ

行定:高校の時はバンドやってたけど。ギターやってた。バンドはコンテストに落ちまくるんだよね。プロモーションビデオ。当時好きな女の子がいて、撮れるぞ、一番の特権はカメラマンですね。撮ってるとその女の子ずっと見られるんですよ。かなり至近距離で。恥ずかしいみたいな顔するじゃない。その人の気持ちを動かす作業って面白いんだな、映画なんじゃないかって

松本:どういう生き方してきたの
野田:はぁ(笑)
松本:どういうルーツがあって、今の野田洋次郎の世界観が出来上がってんだろうな
野田:なんだろう。小学校時代はずっとアメリカにいて、小学校4つ変わってんだけどアメリカ3つ、最後日本。あんまわかんなかったの。自分がどういう人か。
松本:その分、周りをスゴイ見てるってことでしょ。きっと。

 

野田:アメリカの田舎では面白いと言われてるようなことが、こっち行ったらなんにも面白くなかったとか、世の中だったり、集団における常識みたいなのって、何でもないんだなというか当たり前なんてないんだなみたいなの、小2ぐらいからずっと感じながら。それがすごい大きかったかもしれない。いちばん子供じゃなかったかも。今どんどん幼児返りしてるんです
行定:シンプルになってきてんのね
野田:そうです。やっと楽に。3~4年前までテレビとか出るのありえなかったし考えられなかったし、映画出始めたりとかちょっとずついろんな変化があって30でやっと成人したかな(笑)

松本:僕は30で諦めましたね。20代の時にこうなりたいなって思ってたことがあったんだけど、30超えた時に「いや、そうなりたいと思ってたけど、30年変わらなかったら無理なんじゃねえか」と思って諦めたんです。スゲエ楽になった。ヤダ恥ずかしい(笑)
野田:松本潤から何か新しい話を聞き出す役割を、松潤ファンから受け継いでる責任感があって
松本:単純だけど、人に優しくなりたいとか、こういう時にこういう人間でありたい、結局そういうことばっか考えてても、目の前で起こることに対処していくとそうはなんないし。
野田:30までもがいたから、諦める権利を得たのかもね。もっと早めに諦める人いっぱいいるし。
松本:それは諦めが悪いんだろうね。

■ライブのあと

野田:仕事辞めてえ、ってなんないの?松本潤を
松本:なんないよ。松本潤って。じゃ野田洋次郎やめる?
野田:いや、俺は
松本:なんないでしょ。一緒一緒。ひとり暮らし?
野田:うん
松本:ライブ終わったあと、家帰ると、あの時はいてた汗だくになったパンツとか洗わなきゃいけないじゃん。
野田:いや俺もう会場で脱いで
松本:えっ...何そのスタイル。どういうこと?
野田:全部クリーニングに持っていく
松本:いやすごいなそれ。
野田:嵐違うの?
松本:嵐そこでシャワー浴びて、ビニール袋に入れて家持って帰って家で洗うよ
野田:あ、そう
松本:俺その瞬間一番嫌っぽくなる。さっきまでの時間、なんだろうね。でもこっちが現実かもって思うから

行定:ライブ行った時に「お疲れさま」って松潤バスローブなんですよ(笑)
松本:終わって全部脱いでアイシングしちゃうんですよ
行定:ほかのメンバー、ツアーTシャツとか着てるのに、優雅に見えるの真っ白なバスロープ(笑)
野田:俺のイメージの松潤

■松潤のイメージとのギャップ、子供が欲しい理由

野田:家族とか欲しいの?
松本:家族ほしいってどういうこと?自分がってこと?そりゃもちろん
野田:いい夫になりそうだよね
松本:わかんないなあ
野田:松潤て人はテレビでしか見たことないから、これの50倍ぐらいキザで100倍ぐらいとっつきづらくて、二千倍ぐらい嫌な人だったんです
松本:俺のイメージどんなだよ
行定:それ褒めてるってことじゃないの。その分だけギャップだったってことでしょ
野田:会ったら気さくで「あ、この人お父さんになれそう」
松本:いやあでも、ここまでなってないのには理由がある気がしますけどね
野田:それはお互い様。いま、一人じゃん。100%仕事してるのは自分のために生きる時間で
行定:人のために生きる時間を
野田:子供がいたり相手がいたり、自分の自由が利かない時間があったほうが自分の人生的にいいんじゃないかと
行定:ひとつだけ言っていい?もっと年取ってからでいいよ。俺若かったんで。23で結婚したんで
野田:ライブやってて、ヨボヨボになった姿しか見せられないの嫌だなとか

※行定監督は、ディズニーランドに行きたがる妻子を並んで待つのが嫌だからと花やしきに連れてった  
  

ボクらの時代 吉田潮×北斗晶×中瀬ゆかり 雑誌の不倫報道、離婚について

北斗:3人でトークやりたいなあ、番組でたいなあって言っててね。ただ見てる人たちは「なんなのこの3人」多分みんな知らない
中瀬:分からない。もともとフジテレビの「知りたがり」でも一緒だったからそこらへんのお付き合いで
北斗:潮さんもそう。
吉田:2012年ですね。
北斗:コメンテーターで、ズバズバすげえいう人だな、面白いなこの人、怖いもの知らずだなと思って。後、他の事務所から電話かかってこなかったのかなって思いつつ
吉田:私とうっしーは、私が新潮の編集長の時に、うっしーの「幸せな離婚」あれを読んで会いに行って、面白いから書けって言って。
北斗:しょっぱなから離婚の話

 

■不倫報道について

 

北斗:今いろんな雑誌社がスクープスクープでしょ。ああいうのどうなの?
中瀬:ちょっとゲス不倫的なさ、許すまじみたいな。風紀パトロール隊みたいな雰囲気になったけど、基本不倫とかは、私、奥さん、当事者が怒るのはわかるけど、なんか世間に申し訳ありませんとか普通に謝るの、なんか迷惑かけてるわけじゃない人とかじゃないけど、どんどん厳しくなってるのね。新潮45とかやってた頃より厳しくなっちゃって
吉田:不倫も貫けば純愛じゃんと思うわけですよ(笑)不倫といっても一途に思えば貫いたら純愛になるわけじゃないですか
中瀬:きっかけはどうあれ、最後のところで、てのはあるかもしれないけど。北斗は健介から惚れられて
北斗:そうよ。あたしはね、向こうだよ(笑)

 

サワコの朝 北斗晶 負けない強さ 記事参照

 

■離婚について

中瀬:北斗は健介と別れてないからバツ0じゃん。私とうっしーがバツイチ同士だからね
吉田:バツ有り同士(笑)
中瀬:健介と離婚とか考えたことないの?
北斗:正直ないですよ
中瀬:え、ないんだ、マジで。奇跡。どんなに仲のいい夫婦でも
北斗:ないですね。今年で22年。一緒になって。
中瀬:健介はなさそうだけど

 

北斗:こんだけガンガン言われたらね、考えるかもしれないけど。1回目はなんで離婚したの?だいたいいくつで結婚した?
中瀬:25で結婚したの
北斗:はやっ
中瀬:で、4年半で離婚したんだけど、すごいいい人だったの。今でもほんとにあんなにいい旦那はいなかったとおもうぐらい
北斗:こんなに言えるのが不思議だ。あたし別れた男なんか信じられない(笑)
吉田:あたしもそう思う
北斗:なんだったらこの体でひねり殺してやってもね(笑)   
中瀬:逆にあの頃の自分が不安定だったというか、いろんな理由をつけて別れようと思っちゃったわけだけど
北斗:隊長から別れようって言っちゃったわけなの?
中瀬:私和歌山の田舎から出てきた、オノボリさんみたいに東京に出てきた女で、東京にコミュニティないし。向こうの人はすごく育ちのいいおぼっちゃまで、家もいろんなものが揃ってる人で
北斗:なんでそれが別れた??(笑)
中瀬:みんなに言われました。「バカなの?」と
北斗:もったいねえ
中瀬:過ぎた相手なんですよ。向こうも私の田舎っぷりが新鮮だったかもしれないし。私も彼の都会っぷりの感じが新鮮だったのかもしれないけど、新鮮さっていうのがすれ違いになったときは、今度はもう異文化になっていく典型的な感じで離婚した。修羅場にはならなかったですね。穏やかな人だったから。うっしーから別れたんだっけ?

 

■吉田潮の離婚と再婚

吉田:まだまだ(笑)自分の浮気がバレて(笑)
北斗:不倫も純愛がどうとか、さっきその話が出る前に言っとこうと思ったな
吉田:浮気がバレて離婚をね、しましょうと言われ(笑)慰謝料を払って(笑)
中瀬:出会い系サイトとかやりまくったの
吉田:そうそうそう(笑)
中瀬:しかもケータイで出会い系サイトやりながら眠ってしまったの見られたって
北斗:それで本書いちゃってるんだから
中瀬:読んでおもしれえって思った。でも離婚が転機でしょ
吉田:そうですね。そこから家を持って自分の仕事をやって、自分の二本の足で立たなきゃって気持ちがすごく強くなった気はします。若かったですね。最初24で結婚して、32で離婚。今の夫と知り合ったのは05年かな。てことは12年。

北斗:電話でだけど、潮さんのだんなさんとしゃべったことがあるのね。お魚屋さんなの。
中瀬:目鼻立ちのはっきりしたイケメンだよね。
吉田:元役者なんですけど。
北斗:知らなかった。美味しいお魚、干物を作る人だなというイメージしかなくて
吉田:でも好みではなくて(笑)
北斗:何が好みなの?それ聞きたい
吉田:下半身ってことだけがバーっといって、あとはもうどうでもいいんですよ(笑)でも私の一つの欲望だけを、周りに吹聴してたら「ああ、いるよ」って
中瀬:シンデレラのガラスの靴みたいな感じで、あったんですよね
吉田:3番目の人が今の夫なの(笑)

 

中瀬:いま別居婚なんだよね
吉田:ほぼ毎日、skypeではしゃべるんです。

■金をやらない

北斗:息子が海外に行ったんだけど、Skypeがあるよとかって言っても一切かけてこない。 連絡を取らなきゃならない方法はただひとつ。金をやらない(笑)
吉田:母の知恵
北斗:1ヶ月分の生活費をいっぺんに渡すとあれだから、こまめにやって「連絡よこさないと金やらないよ」って言って

■生んだ人生と産まなかった人生

中瀬:37で新潮45の編集長になって、ちょうどどうしようかな、子供作るんだったら、そろそろ考えなきゃなみたいな時期。男女雇用機会均等法の時期に入って抜擢してもらったのに、ここで出産とか個人的な理由で休んだら、後輩たちにも悪いなって思ってやってるうちに45歳まで編集長やった。いる人生といない人生を同時に味わうことはできないけど私はいない人生。さみしいよとかいろいろ言われたんだけど。いて、とんでもないボンクラになった可能性もあるから(笑)コイツはほんとにどうしようもない、いるさみしさもあったなと、いないさみしさと居るさみしさもあったなと。私はこれでいいかなと

北斗:がんになって、ご迷惑をおかけしましたが、保険を整理したり、家の電気を少しづつLEDにしたりとか。電気代がかかるじゃん。なんかあって息子がこの家を継いだ時に電気代がかかるぐらいだったらLEDに。いっぺんに換えると高いから今回はリビング、今回は和室にしようって。どうせ健介なんかぼーっとしてるから、何かあった時にあたふたしちゃうだろうから、そういうのはきちんとしようって。サラサラ死ぬ気はないけれど。


■作家・白川道を亡くして

中瀬:2年前にパートナーの作家・白川道を亡くして。とうちゃんって呼んでたわけだけど、突然。前の晩まで徹夜で麻雀して、朝帰ってきてコーヒー飲んで、スポーツ新聞広げて、いつもの時にコンコン咳き込んで。ちょうど上の部屋に居て「咳してるから風邪ひいたんだな」思って、風邪薬探しておりてったら、もう事切れてたのね。大動脈瘤破裂だから割と一瞬ていうか。私の人生のほぼ全てだったというか。19歳年上で10年いた不思議な間柄。北斗も病気が分かってずっと応援してたんだけど、うちみたいに元気な人が突然パツーンっていうのもなんの準備もない。とにかく生きなきゃって義務のように。生と自分を結びつけるものを切っちゃいけないって、とにかくいろんな人に会って、人間は致死率100%なんだから。1回しかない人生なんだから、とうちゃんが死んでからは思うようになった「五時に夢中」とかも、スケベ話とかするのを痛々しく思われたら出るべきではないと思った

北斗:私も毛が生えるまでは出ないと思った。芸人さんたちやほかの人たちが突っ込めないから

中瀬:こういうの聞いたら帰って旦那さんに優しくしようと思わない?モノを読んだりしても悲しみの深さが掘り下げられたりして、三回忌とか、儀式をすることで気持ちが紛れるんですよ。自分の中でまた一つ折り合いがついていった
    

【抜粋】ボクらの時代 妻夫木聡×岸田繁×奥田民生

■奥田民生の五十肩、小走り、禁煙

奥田:自然になって、自然に治った。治ってないの?
岸田:多分大丈夫だと
奥田:40代でなる人はなるよね

 

岸田:走ったりしはります?
奥田:おれ走るの嫌い。自転車とかやるんすけど、でも小走りはするよ
岸田:必要に迫られてとかじゃなくて?
奥田:ちゃんと鍛えなきゃ
岸田:ジョギング的なね
奥田:こう、主婦が急ぐぐらいな速さで
岸田:颯爽と歩いてはる(笑)

妻夫木:タバコはやめたことあります?
奥田:1ヶ月
妻夫木:あ、結構やめましたね
奥田:ウソですね。その1ヶ月間は1日3本と決めて(笑)
妻夫木:それ全然やめてないじゃないですか
岸田:ストイックですよね
妻夫木:ストイックっていい方
奥田:広島市民球場、昔の。(2004年のライブ)やる前の1ヶ月を「よし、タバコやめてみよう。声が出るんじゃねえか」と。いや、やめるのは無理だ、3本。
岸田:それ守れたんですか?
奥田:3本並べといて
妻夫木:無理ですよそれは(笑)
奥田:葉巻結構好きで(笑)でもおかげで声は出たんですよ

■休日

妻夫木:お二人は、休みの日は何してるんですか
奥田:ぼーっとしてますよ。岸田はね、休みなんてないから
妻夫木:え、そうなんですか
岸田:なんかその境界線がね、わりとあいまいで。
奥田:俺は普段、あまり楽器を持たないんですよ。練習もそんなしないし。でも岸田みてると、なんか時間あったら弾いてたり、最近一緒にやってると、スケジュールを知る事になるからめっちゃ忙しいじゃんと思うんですよ。まだ俺のほうが空いてる気がするよ
妻夫木:前、一緒にイベントやらせていただいたとき、打ち合わせで集まった時に斉藤和義さんとか、僕以外の人みんなギター持って弾いてたんですよね
奥田:斉藤和義とか山崎まさよしみたいのは、ほんとにギターが好きで常に弾いてるんですよ。そういう現場に行くと、持ってないといけないムードにさせられる(笑)
妻夫木:そうだったんですか(笑)
奥田:その気にならないとどうとか言われるじゃん。で、つい持つ。みんな置けよ、と。
妻夫木:みんな弾いてるから一応ちょっと弾いてみる
奥田:それこそ「暇なとき何してるん」聞いたら「ギター弾いてる」奴が現れるからね
岸田:いや~僕はそこまでじゃない、はい。

■役者とミュージシャンの違い/バンドを始めたきっかけ

妻夫木:役者って、自分から動いて何か形になるパターンもあったりするんですけど基本受身になることが多くて、オファーもらってその仕事をやらせてもらうことが多いんですけど。僕の勝手なイメージなんですけど、ミュージシャンは自分から発さないと難しい
奥田:そう。ほんとに怠けもんはできないですよ。何が言いたいかわかる?自分からやらないと、ほっといたら何もしない。ねえ一応それなりにやってるんですけどね、俺も
妻夫木:いや、誰も疑ってはないですけど。奥田さんやってないって
奥田:なんかその、マイペースなんて言われるんすけど、そんなペースないから世の中に。

妻夫木:なんでバンドをやろうと思ったんですか
奥田:バンドが流行ってた。俺らの時代はバンドブーム。ブームの最初の頃ですし、それまでは不良が親に反抗されたりとかしてたんですね。上の世代の人は。俺らの世代はむしろ、バイク乗るぐらいだったらバンドせえ、ぐらいでしょ。親も。そっちのほうが安心みたいのもあって。

■親から言われたこと、学んだこと

岸田:僕は高校生からですね。
妻夫木:バンドやってることに特に反対はされなかったんですか
岸田:僕は弟が居るんで、弟は真面目に吹奏楽とかやってたんで、僕は割と放任なんですかね、もう大学の時にデビューしたんで。契約書だけ難しいから親に見せて、騙されたりとかせえへんかなみたいな。大丈夫ちゃうかみたいな、一応うちの会社の担当に聞いてみるけどみたいなそういうことはありましたけど(笑)ただおやじに「針金みたいにやりなさい」難しいこと言われて、何ですかそれはと聞いたら「柔軟に細く長く、硬くどこでも通れるぐらいの感じで」
奥田:ええこと言うなあ
岸田:それは多分自分も「すごくうまいこと言った」と思ってはると(笑)
奥田:親からはなにか言われた?

妻夫木:兄が昔ミュージシャンやってまして、兄貴も言われてたんですけど「お金もらう以上プロだから」ずっと言われてた。兄貴の姿とかおやじの言葉とかを目の当たりにしてきたので、安い給料でもお金もらう以上はプロだな、という意識はありましたけど両親から学んだことはありますか?
奥田:おふくろは俺より歌が上手いんですよ。俺が35ぐらいになった時に俺のほうがうまくなったかもしれんと思ったけど、抜き返されたぐらいの感じ
妻夫木:おかあさんは、歌が上手いのを実感されたりって、一緒にカラオケ行ったりするんですか?
奥田:しますよ
妻夫木:するんですか?面白いですね。ふたりで行ったりするんですか
奥田:二人きりではいかない
岸田:どんな歌をうたんですか
奥田:昔の演歌だったりするし、昔のポップスだったり。わりとなんでも。オヤジは声がでかかった。ほんとに、ありがとうございます。感謝してます。

岸田:親は二人ともでかいんですけど。川で魚とったり山入ったり、父はすごく好きなんですけd、もしかしたらほかの子がしてない体験を させてくれたのかも。あまりメジャーじゃない体験が、自分の音楽だったり、作るものに影響してると、それはすごく嬉しい。感謝してます(笑)
奥田:あまりベタなことをしたがらなかったですね。みんなと一緒のことが嫌だっていうのがもしかしたらあったのかもしれない
妻夫木:なにか、これやれってことはなかったんですか
奥田:うちはなかったですね。自由でしたよ。なんかやったら怒られるのはありました。大学は行かねえよっていった時も二人共「あっそう」東京に行くよ「あっそう」準備しちゃったよ「あっそう」(事務所の)契約書見ても何のこっちゃわからんから。五人組でしょ。みんなで1回メシ会みたいなことがあって、レコード会社の人と、メンバー、メンバーの両親で。みんななんかようわからん感じ。ベースの父さんそっくりやな(爆笑)エビの父ちゃんエビよりエビやで、言いながら(笑)
    
■ミュージシャンはどこからがプロなのか

奥田:お金貰えたらじゃないですか
岸田:たまに若いミュージシャンに「どうやったらプロになれるんですか」聞かれるんですけど、絶対答えられない。すごいなりたい人って、なんでプロになりたいのかなって理由がわからないままプロになりたいという思い込みが強い人。そうじゃなくて音楽好きで楽しくてやってる人たちの方が、先のことを計算して見越しているよりは、先まで道が照らされているような感覚はしますよね。僕らは競技じゃないんで、何かを争うとかじゃないから。ただその、自分との競争みたいな感じでストイックに追い込んでいったりするとろくなことが起こらないんで。
妻夫木:そういう時どうやって抜け出すんですか
岸田:根気よく仕上げたりとか
奥田;頑張れば頑張るほどダメなんで。努力したら報われるっていうことで曲とかできるわけじゃない。そこで一回放棄したり、忘れて酒を飲んだり。

岸田:奥田さんがデビューされた時って20代最後じゃないですか。その時既にベテラン感があった(笑)今と変わらない。だからみんななりたい。
奥田:セルフプロデュースですよ。解散するまでのバンドの仕事が忙しかった。レコーディングしたりツアーやったり、雑誌の取材、ラジオとか、ものすごい忙しい。だから解散したわけじゃないですけど。解散して1回ソロになったから、なるたけいっぱいの仕事の中から、楽なやつだけできればいいなと。写真撮られるのが大嫌いなんですよね、言ってみたり。実際嫌いなんですけど(笑)こういうキャラを打ち出そう、それで音楽だけできるようになればとちょっと考えたんですよ。効果的だったのかもしれないし。ほかにいなかったり。写真とか取材とか避けるようにしたらこうなりました。

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ボクらの時代 ビートたけし×星野仙一×松尾雄治 明治大学

たけし:明治大学はスカウトなんですか
星野:ないの
たけし:プロからスカウトがあって?
星野:2球団あったけれどもプロじゃダメだと。大学行こうと。
   高校の監督が明治出身だったの。明治行け、と。
松尾:あれはなかったの、スポーツ推薦は
星野:俺ら田舎の高校で甲子園も行ってないし、推薦なんかないよ
松尾:僕ら推薦があったんですよ
たけし:だいたい明治入ったんじゃなかったんだろ。
    最初の練習の時日大のグランドでやっちゃったんだから(笑)
    日大が喜んだって話聞いたぞ。松尾が入ったって
星野:おまえらしいぞ
松尾:違う違う
たけし:星野さんも合宿所でしょ
星野:合宿所
松尾:合宿所です

■学生運動の話

 

たけし:俺は通いじゃない?工学部は駿河台だって感動したらさ、生田校舎あってさ
     向ヶ丘遊園とかで。よみうりランドとかもうやんなっちゃってさ
松尾:そんとき入って何やってたんですか
たけし:一般教養、あと教職課程があって先生になれるんですよ
    そのうち明治は学生運動で工学部はね、遮断するぞ、ロックアウトになっちゃって
    授業の間に変な生徒が入ってきて「沖縄どうすんだ」とか大きなお世話だぞ(笑)
    みんな行こう!わけわかんねーけどさ、ヘルメットかぶされてさ
    マイクロバスで連れてかれて
星野:どこへ
たけし:新宿。前から機動隊が来て俺前の方に行かされて。棒が後ろの方まで届かなくて
     俺の頭殴るんだよ(笑)
松尾:わかんないんだもんね
たけし:イテ、痛ぇ、言ってたら前から機動隊に殴られて、
     真ん中なって外に逃げちゃって(笑)
星野:俺の時代もあったよ。記念館で談合があるわけだ。
    学校側とラグビーと柔道と野球部とやってんだよ。俺たち規律うるさいじゃない
    ところが全学連のやつらは「貴様ら~!」って学長や理事に言ってるわけじゃない
    それ聞いて頭にきちゃってさあ、壇上に上がってそいつ殴っちゃったよ
松尾:当時から危ない人だったんですね(笑)
たけし:だって運動部は学校側だから。

星野:だからあの頃一番働いたのがラクビー部と野球部。

■先輩

松尾:何しろ先輩方うるさかったからさ
星野:基本がうるさかった
松尾:いろんなもの買ってこい買って来いって。野球部の買い物はひどかったって明治では有名なんですよ
星野:夜中にタバコ買って来いって。今みたいに自動販売機があるわけじゃない。タバコ屋も閉まってんの。「閉まっててありませんでした」「バカ、ガキの使いじゃあるまいし!新宿行ってでも買って来い!」新宿行くわけだ。タクシーで往復1200円かかるわけだ。100円のタバコ買うのに 俺覚えたね。この先輩はハイライト、この先輩はホープ、この先輩はピース。買いだめしとくの。それで隠してるの。買ってこい言われたら適当な時間に帰ってきて渡す。要領を覚えるよ
たけし:頭使うんだ
松尾:ラグビー部では先輩から「100%オレンジジュース買って来い」100%じゃなきゃダメだって言われたけどないんだよね。しょうがないから50%を2本買ってきたんですよ(笑)そしたら先輩が「そうか、これ一気に飲んだら100%だ」って言って2本一気に飲んで「サンキュ」って(笑
    

■北島忠治監督
松尾:いい話をしてくれたんですけどね、真のスポーツマンというのはな、4年間公式戦に一回も出たことなく、でも、自分の都合によって1日も休まないで4年間ただひたすらにボールを追った人間なんだ、必ずそういう奴らが世の中を引っ張っていくんだ、って
たけし:昔はそういう名物監督がいっぱいいたね。だから面白かったんだね。最近はどうもサラリーマン的だね

■島岡吉郎監督
星野:うん。雄治が北島先生言うけれども、俺もそうなのよ。3回ぐらいでノックアウト食らったのよ。早稲田とか慶応に負けるとものすごい怒るのよ。夜中の12時に「出て来い!!」「お前あんなノックアウト食らって腹たたねぇのか!パンツ1枚でグラウンドに来い!!」真っ暗なグランドで正座させられた。こんな雨降って明日試合あるのにとか腹の中で思ってる。口に出したら大変なことになるから。朝の6時頃までよ。俺も半分寝てるような感じで、はっと気が付いたら白白としてくるじゃない。ホームのところに誰か座ってんだよ。あれ、誰かいるわと思ったら島岡さんだ。うわ~こら参ったー、それから俺イエスマンになっちゃった

■深見千三郎
松尾:先輩の師匠は


たけし:怒られてクビばっかしだね。出入り禁止ばっかし。まず最初になったのは、浅草って踊り子さんがいて裸を見に来てるじゃない。コントやるんだけどウケないのよ。近くに演芸場があってお客が笑いに来てるところだから 芸人見てつまんねーと思っても笑ってるわけ。あんなんで客笑うんだ、と思って、師匠は演芸場に出るのを嫌がるから内緒で出てどっかんどっかんウケちゃって。帰ったら噂が回ってて「二度と来んな」言われてうわぁ、と思って。あくる日平気な顔してすんませんでしたって言ったら、やっぱ寂しかったと思うんだ。「気をつけろ。ああいうとこでちゃいけないって言ってないんだ。出てもいいんだよ。だけど俺に言ってくれよ。寂しいんだよ」師匠、演芸場出ていいですかっていうようになったんだけど、それから1回もいいって言われてない(笑)「全然」「お前なんか、まだまだ」よく考えたら一番ひどい状態でやらされてんだ。笑いに来てるわけじゃないとこにお笑いで出てくから「ひっこめ!」とかすごいんだ。それをどうにか笑いにさせるわけ。大変だと思ったね

■監督として

たけし:選手蹴飛ばしたりするんでしょ
星野:中日時代はね。阪神時代はなかったね。うるさかったから。
たけし:中日時代はよく抜かれて映ってましたよね
星野:今の監督はエラーしても何か...あれの方が演技だよ。すました顔してさ、自分の思い通りやればいいんだ。ダメな時はクビになるから

松尾:そうですよね。僕63になったんですけど先輩方70でしょ。やっぱり優しくなったでしょ。

星野:グラウンド出て選手の顔を見る。練習上がってくるときに「なにやってんだてめー、ばかやろこのやろあんなプレーしやがって」   俺にとってはコミュニケーションなわけ。発破かけるわけ
松尾:ちゃんと通じてますかね
星野:通じてる。教育してたからずっと。それが俺の励まし流だから。もう選手もわかってるわけ。褒められたら気持ちわりぃって
松尾:先輩は映画作ってるから
たけし:20何年間ほとんど変わんねー。北野組って。みんなリタイアの時が来てんだけど。若い時からずーっと。その代わり、来た役者さんがビビりまくるんだよね。そっちのスタッフなだめるのが大変。役者さんに自由にやってって言っても やっぱあがっちゃうんだよね。20人ぐらいで囲まれちゃうから

 

星野:いや、でも、きちっとしたリーダーがいると、きちっとなるよ。部下も同僚も。


松尾:僕は運動しかやってないから、考え方が哲学的なものをあんまり持ってないんですよね。たけしさんが「おう松尾、なら10人中5~6人とか7,8人が賛成しないとやらねえのか」言われたんですよ。ばか、そんなんじゃなにもできねえよ。チームの中にできねえ奴いるだろ。10人中ひとりでも二人でもいいって言う奴がいたらそれでいいんだ」それで監督っていうか上の立場でそうだなって
星野:個人のレベルを上げた集結じゃないとダメなの
松尾:我々の時代って、みんなで仲良くひとつのことやろうぜって仲良し集団だったじゃないですか
星野:そら違う

■ポーカー
たけし:全日本のチームでトランプのマーク付けて(笑)キングの10とか13番(笑)
松尾:すみませんけどねえ、25年以上前の話をしないでください 
たけし:9番とか
松尾:誤認逮捕だろ!って言ったら「いえ、8人です」(笑)おれは怒ったねそのおまわりに。ふざけんな!って

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【抜粋】ボクらの時代 武部聡志×西川貴教×高見沢俊彦 長続きの秘訣

武部:デビューいつだっけ
高見沢:おれ74年だから。もう44年目に入って。来年結成45周年
西川:お二人共ずーっと元気じゃないですか。なんなのそれ
高見沢:酒も飲むし
西川:遊ぶし、ずーっと同じペースで仕事もしてるし。どこで休みとか取るの
高見沢:休み無いね。最近また小説書いたんで。
武部:小説書いたの知ってるそれ?
西川:何になりたいの?
高見沢:ロックバンドをモチーフにしてる

 

■THE ALFEE 解散しない方法
西川:高見沢さんを筆頭に、坂崎さんもおかしな人だけど、桜井さんがスーツだからかな、なんかまともな人っぽく見える(笑)
高見沢:まともじゃねーよあいつ(笑)スタンダードに見えるってこと?
西川:そう。一番高見沢さんが変で。このグループの3人に、イベントとかの話するんだったら桜井さん経由かな(笑)
武部:一番ダメですよね
高見沢:一番苦手ですね
武部:話するんだったら高見沢が一番いいね
西川:これだけ何度もお仕事する中で、一番(高見沢が)ポンコツだなと思って。桜井さんはオンとオフがすごいのよ。高見沢さんはそのままでいてくれるから見つけやすいわけ
武部:うらやましいのはさ、45年近く3人同じメンバーでさ。離れてた時期が無いわけじゃない?
高見沢:なんで長続きするんですかって言われても分かんないよな
西川:やめ時もないわけですし
高見沢:解散してもすぐまた再結成したくなると思うんだ。再結成するバンド多くないですか
西川:同年代とかもいるし。全然悪いことじゃないし、それがきっかけでチャリティとかも頑張ってたりするから
高見沢:でもいいことだよね、それは
西川:そうなるんだから、みんな迂闊に解散しないほうがいいよね
高見沢:それぞれみんな事情が違うと思うから。バンドを組んで解散しない方法はひとつある。次男坊同士がいいと思う

西川:それ前に言ってたね
高見沢:長男は主張しあうから。次男主張しないもん。曲作るじゃん「誰が歌う?」ってなった時に「お前」ってなる。全員歌いたがらない
武部:逆に困っちゃうよね
高見沢:普通、俺に歌わしてってなるのに、無い。シーン。キー決めないで作っても誰も歌いたがらないから、オーディション。多数決で、2対1で桜井(笑)俺たちの場合はそれで上手く言ってた気がする
西川:2タイプですよね。バンドに一人圧倒的な人間がいて
高見沢:それもアリだと思うよ。それが一番多い。ミックジャガーのいないローリングストーンズなんて

■長く活躍する業界
高見沢:ヴィジュアル系って一つの文化だよね
西川:今もうだいぶ衰退しましたね   
武部:ああ、してるの?
西川:バンドの解散が相次ぎまして。栄枯盛衰じゃないですけど
高見沢:再結成するんだぞ、また

 

西川:思うのが、アーティストだけじゃなくて関係者の方とかでも引退がないじゃないですか。定年がないから。まあ元気ですねどの先輩方も、いまなかなか信じられないですけど、スタッフ側から目ん玉飛び出るぐらい怒られるっていう
高見沢:目の前でバーンとやられてんの見たことあるもん。ビビっちゃったけどね。怒鳴るんだよ「ちゃんと歌え!」とかさ。逆にそれはそれで良かった時代なんだ。ヒットするために怒るってのはエネルギーなんだからさ。愛するから怒るんであってね
武部:いや~な思い出があってね。昔歌番組ってフルバンドだったわけ、全部シンセサイザーの音が多くなってきたから、 俺だけシンセサイザー持ってフルバンドに入るわけ。フルバンドではシンセサイザーの音が出せないのを俺が弾くわけ。そうすると指揮の人がさ、俺だけに分かんないように指揮をする。
高見沢:えっ
武部:フルバンドの人間にはわかるんだけど、俺には分かんないように
始めちゃうわけ。そういういじめみたいなのにあって。もしそういう立場になったら絶対に優しくしようと思ったんだよ
高見沢:それはちょっと切ないね
西川:まさに黎明期っていうか
武部:仕事を奪われるじゃないけど、そういう意識もあったのかもしれないね

■ストイックな肉体づくり      
西川:僕の場合は、普段あんまり使わないんだけど、いつでも歌える状態にしたいところがあって
見沢;そういうストイックさを目指すために鍛えるとこあるわな
西川:これでほんとにしばらく動かないとかなっちゃうと、動けなくなるんじゃないかな。だから高地トレーニングマスクみたいなやつをずっとして、トレーニングやる。でも同じで、新しい事に興味があるっていうのはすごい大事なこと
高見沢:そのためにはやっぱりね、健康寿命が大切なの(笑)君にはまだわかんないけど
武部:60過ぎの我々には
高見沢:ただ寿命があってもしょうがない。健康寿命を延ばすために鍛えてんの
西川:大御所のミュージシャンの方にお願いしたりするじゃないですか。僕、前でディレクターとディレクションしたりしてると「最近さあ、あそこの病院行くんだけど」(笑)「こないだ健康診断の時よかったよ」(笑)
高見沢:それはね、正しい(笑)
西川:集中できねえ
高見沢:うちのメンバーてさ、昔は酒の話したりとかさ、男同士好きだから今一切しない。病院の話。「あそこの病院がいい」あと「数値はいくつになった?」とか。健康診断してる?
西川:してます。結構早い段階でするようになってる。セットとか演出で面白いのもあるけど、動けるうちは動いてみせたい。

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■人が集まる理由

長谷川:由夏さんて特別だと思うんですよあたし。だって友達になりやすいし、実際友達も多いでしょ、女優さんの
吉瀬:だってフランクだもん。ウエルカムて感じ
板谷:ぜひ遊びに来て欲しいし、楽しんでほしいけど。
吉瀬:1回しか行ってないんだけど「夜ご飯食べて帰んなよ」てなって「じゃ、たこ焼きする」それがまた美味しいし、上手なわけ。また食べたい、行きたいと思うんだよね
長谷川:じゃふたりはセシルの(もくろみの)前から知り合いで、わたしは初めてです
吉瀬:でも待ち時間にすごいしゃべるよね

■モデルを目指したきっかけ
板谷:モデルブームがあった。日本のファッション誌にケイト・モスの眼に、カメラマンとかスタイリスト、ヘアメイク写ってるのを高校時代に見たわけ。ファッション誌に興味が沸いて、モデルやりたいって、Peachの読者モデルに応募して
吉瀬:福岡に居る高校生の時に?自分で?
板谷:うん。夜行列車に母と乗って、オーディション受けに行ったりしてた
吉瀬:そっから女優には?
板谷:大谷(健太郎)監督に「映画を一緒にやらないか」と言われてやったら「映画やりたい!」  

■方言~遅咲き

吉瀬:福岡ってことは方言スゴイあるじゃない?方言出なかった?
板谷:でたでた
吉瀬:私それですっごい苦戦した。私は方言でやめちゃったタイプ。福岡って微妙な語尾だよね
長谷川:余計直しづらいよね
吉瀬:そうなの。すごい直しづらくって。これが方言なんですか?って。イントネーション直すのすごい苦戦して、そんなの嫌だってなった
長谷川:1回ストップして、またやろうってなったのは?
吉瀬:遅咲きで、32歳。上京したのが20歳だから。モデルは自分の立ち位置がだいたい確立してるじゃない?私の場合はカバーにも行けない、どうしたらいい?ってなった時に   女優としていきたいって。トントンってきたわけではない

■ハセキョーブーム


長谷川:私は25ですね。早かったわけではない
板谷:ハセキョーってなったのはいくつの時?

 

長谷川:あれが25。ポンポン次のドラマが入ってきて、広告もポンポンポンポン入ってきて。一つのドラマが、一緒に共演する役者さんの都合で、夜中の3時とか4時とかに撮影スタートとかになったのが結構あったんですよ。で、8時までとか。ほかのドラマが夜中の12時までとかやってたら、その3時までに入って8時ぐらいまでやったら、またもう1本ドラマが朝10時過ぎからとかやって、てのがありました。明日撮影だ!てのがあっても「今度はコマーシャル撮影があります」ほんとに休む暇がない。自分も子供だったし、仕事いっぱい頂けるのは感謝って正直なくて。辛くってしょうがないとか
板谷:一個ずつこなしていくしかないね
長谷川:ちゃんとじっくりやっていきたかったのに、バンバンお話をいただけちゃうのが 嬉しくもあり、すごく怖くって、ブームとか言われちゃうと尚更「ブームなくなったらあたしのことどうしてくれんだい!」みたいな感じがあって、ここでちゃんとなにか残しておかないと、風が吹き終わったらみんな私のことを忘れるんじゃないかなとか恐怖心はすごくあった20代。今思えばもっと楽しんでおけばよかったと言いたいけど 「当時ブームだった」と言われるの、あんまり嬉しくない。今も頑張ってるのに
板谷:その通りだと思う
長谷川:聞かれるの。取材とかでも。当時はどういう気持ちでしたか、とか、それは素直にお答えするんだけども、当時とか言われるとあたし終わっちゃってるみたい。...
板谷:今も一緒に同じように頑張ってるのにねぇ
長谷川:貴重な経験でしたけど、あんな仕事の仕方は今はできない。もう体力も持たないです

■原田美枝子の言葉

吉瀬:仕事を決めるときのポイントとかある?

 

板谷:その時その時によって違うけど
吉瀬:由夏ずっと続いてるもんね

 

板谷:貧乏性?(笑)子供産んだ若い頃に原田美枝子さんが3人子供いらっしゃって 「多分これからもうひとりか二人生まれると思うんだけど、やりたいってちょっとでも浮かんだら全部やりなさい」っておっしゃってくれて。その時しかないんだよって「子供がいるからとか、何かあるからとか理由付けはいくらでもできるから、あなたがやりたいと思ったら、何が何でも絶対にしたほうがいい」って言われたの。それがすごくベースにあって。

吉瀬:すごく悩むわけ。子供はまだ小さいでしょ。でもこれを手放すっていうのがすごい葛藤があった。仕事より子供って思ったらそっちを優先しちゃう。じゃないとズルズルズルズルしちゃうと思う

■ブランドを立ち上げた理由
板谷 私たちの仕事ってすごい受身じゃないですか。プロデューサーがいて、スタッフがいて、台本があってその役をどうするかと考えたとき、私何も自分でしたことがないと思って。 37、8のときに思って。主人も作ってる人だから1回ゼロからスタートしようと 
吉瀬美智子と板谷由夏は同い年。
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